【アニメスタイル特報部】『カラフル』原恵一監督インタビュー
第4回 「アニメである事」に凄く助けられている
── 耳に残ると言えば、挿入歌も印象的でした。特に、真とひろかのシーンで流れる、アンジェラ・アキ「手紙 〜拝啓 十五の君へ〜」の合唱。今や「感動的なBGM」の定番化しているあの曲を、あそこまでストレートに、効果的に使いきったのは凄いと思いました。あれも監督が指定されたんですか?
原 ええ。『カラフル』を作り始めた頃に、NHKでやっていたドキュメンタリー番組を観たんですよ。アンジェラ・アキの「手紙」を歌う、日本中の中学校の合唱部を描いたもので。この映画も中学生を扱ってる作品だから、作っている最中はなるべくそういうものを観るようにしてたんです。それで、たまたまその番組を観て、「手紙」という曲もそこで初めて知ったんだけど、凄く印象に残ったんですよね。「これ、劇中で使おうかな」と思って。
── じゃあ、最初から「手紙」という曲は、中学生の合唱曲として印象づけられていたんですね。
原 うん。で、それを重要な挿入歌として使うために、美術室のシーンでは必ず、近くの教室で合唱部が練習をしているという設定を、延々と仕込んでおいたんです(笑)。
── ああ、そういえばずっとバックで聞こえてますね。
原 後半のひろかと真のシーンで「手紙」の合唱が聞こえてきても、観た人が唐突に思わないように、自然に聞こえてくるようにしたかった。だから、最初は合唱もSE的な扱いで入ってる。ずっと他の曲で練習していて、最後に「手紙」になって、だんだんそれが劇伴として高まっていく。
── これはぜひ劇場で確認してほしいですね(笑)。
原 あの合唱は、実際に中学生の子たちに歌ってもらってるんですよ。杉並児童合唱団っていう、わりと名門の合唱団らしいんだけど。そこに所属している中学生の子たちを録音スタジオに呼んで、他の曲と合わせて「手紙」も録らせてもらった。
── なるほど。
原 合唱のレベルがどうこうって、僕自身そんなに分かるわけじゃないけど、やっぱり「この子たち、うまいなあ」と思いながら聴いてましたね。凄く完成度が高いな、と。あとはやっぱり、中学生にしか出せない声ってのがあるんだな、と思いました。大人と子どもの中間の声というか、それが結構、胸を打つんですよね。
── 確かに、あのシーンで涙腺が決壊する人も多いと思います。あと、エンディングテーマの「青空」も、映画館を出たあとで思わず口ずさんでしまうくらい印象的でした。
原 あれも、僕の方からTHE BLUE HEARTSの「青空」がいいです、という事でお願いしました。エンディングはカバー曲で、という話だったので。
── この映画のために用意された曲じゃないかと思ってしまうくらい、歌詞がハマッてましたね。
原 うん、僕も思いのほか合ってるな、と思いました。僕の感覚からすると、THE BLUE HEARTSってそんなに前のグループじゃないという認識なんだけど、歌いだしが「ブラウン管の向こう側」だったりするから、今の子たちは分かんないかもしれないな、とか思いましたけどね(笑)。
── じゃあ、音繋がりで、声優さんについてもうかがわせてください。今回は、ほぼ監督の希望どおりのキャスティングだったとか。
原 そうですね。役名があるような人たちは全員、自分の思いどおりにキャスティングさせてもらいました。主人公の真役に関しては、オーディションで決めたんですけどね。最初から冨澤(風斗)君を指名していたわけではなかった。
── あ、そうなんですか。
原 『河童〜』でクゥ役をやってもらった冨澤君が、中学2年生になって、今回の『カラフル』のオーディションにも来てくれた。僕も最初は「主役はないだろう」と思ってたんですよ。まあ、クラスメイト役でもやってくれたら嬉しいな、というぐらいでね。久々に顔も見たかったし。
── あくまでカメオ出演的に。
原 うん。そのつもりだったんだけど……今回の主人公の真って、中3にしては成長が遅くて、クラスでもいちばん背が小さいという設定じゃないですか。だから、実際に中3ぐらいの子たちに台詞を読んでもらったりすると、どうしても大人っぽい声質の子の方が多い。
── どちらかというと高校生寄りの。
原 そう。逆に、中1ぐらいだと、今度はちょっと声が子供っぽすぎたりしてね。なかなかちょうどいい声の子がいなかった。それで、オーディションの最終日あたりに冨澤君が来てくれて。最初はこっちも「おー、久しぶり。今日はよろしく頼むよ」みたいな感じだったんだけど(笑)。
── 親戚の子が遊びに来た、みたいな。
原 「たぶん君、主役じゃないけど、クラスメイトのひとりでもやってくれよな」ぐらいのつもりで(笑)。それで台詞を喋ってもらったら、意外とちょうどいい感じになってたんだよね。
── これはイケるぞ、と。
原 いや、結構それで悩んだんですよ。2作続けて冨澤君が主役でいいんだろうか、って。だけど僕だけじゃなく、オーディションを聴いた他の人からも「冨澤君がいいんじゃないの」という意見がたくさんあって。じゃあ、また冨澤君にお願いしよう、と。
── プラプラ役のまいける君も、オーディションで?
原 彼は、たまたま僕がTVのバラエティ番組を観ていて、「この子、面白いかもな」と思ったんです。見た目はハーフなんだけど喋り言葉はネイティブの関西弁、という面白さに惹かれて。
── リアル版プラプラみたいな。
原 あんまりデータもなくて、芝居経験もなかったけど、番組収録のために上京してきたついでに、ちょっと台詞を録らせてもらったんですよ。そうしたら、思った以上に演技できていた。それで「あ、この子で大丈夫だ」と思ってお願いしたんです。彼は収録している間にも、どんどん芝居がうまくなっていった。だから、前半より後半の方がうまくなってるんじゃないかな(笑)。
── 芸達者な感じがありますよね。
原 あと、早乙女君をやってもらった入江甚儀君も、オーディションで決めました。彼は今回、凄くよかったと思いますね。荒んでいる真を、独特の優しさで包んでくれる役柄じゃないですか。彼がアフレコ現場で冨澤君と一緒に芝居を始めた時に、もの凄くホッとしたんですよね。冨澤君自身も、真の気持ちと同化して、入江君の優しさに包まれていったような感じがあって。
── ああ、いい話ですねえ。
原 うん。ずっと荒んだ場面が続いていたところで、入江君演じる早乙女君が登場してホッとさせてくれる感じが、アフレコ現場でも感じられた。
── 監督の方から演技指導をされたりはしたんですか。
原 いや、特にはしてないです。入江君も、ちょっと独特のイントネーションを持った子でね。普通だったら録り直しとかになるんだろうけど、今回はあんまり直さなかった。彼独特のイントネーションが早乙女君らしいと思ったので。
── なるほど。
原 なんかね、砧線の跡をたどるところで「おおー、いいねえ」みたいな台詞があるんだけど、その発音が妙に独特でおかしかったんだよね(笑)。あと、コンビニ前で真と話している時の「あいたたた〜」みたいな台詞も、不思議なイントネーションになっていて。そういうところが凄く早乙女君っぽいなあ、と思ったので、そのまま使いました。
── 早乙女君は本当にいいキャラクターですよね。人類の宝と言っても過言ではないくらい。
原 ハハハ(笑)。入江君も、アフレコは今回が初めてだったんだよね。真のお母さん役の麻生久美子さんも、これが初のアフレコだった。
── 麻生さんも素晴らしかったですね。『河童〜』でお母さん役をやった西田尚美さんに匹敵するくらい。
原 うん。僕は、やたらとアニメらしさを取り除くとか、アニメじゃないようにしたいみたいな事を言いがちなんだけど、やっぱりいつも「アニメである事」に凄く助けられている気がするんですよ。今回のキャスティングも、アニメだからこそ成立するものじゃないですか。麻生さんも、実際の年齢と役柄の年齢とは、ずいぶん開きがある。それが自然に無理なく成立してるのは、やっぱりアニメだからなんだよね。宮崎あおいさんが中学生を演じる事だってそうだけど(笑)。[編註:宮崎あおいの「崎」は山へんに立+可]
── 『河童〜』の時も思いましたけど、今回のキャスティングも適材適所でしたね。名前の並びを見た時は「えっ!」と思うんだけど、実際に聞いてみるとバッチリだった、という。
原 それは凄く嬉しい反応ですね。中には、こういう役者さんたちがやっているとは知らずに最後まで観て、エンドロールで「えっ、あれってあの人だったんだ!」と驚いた、とか言ってくれる人もいて。そういう反応も嬉しいんですよ。アニメを観ながら「ああ、このキャラの声はあの俳優がやってるんだ」と頭に思い浮かべながら観るのって、ちょっと嫌じゃないですか。
── ノイズになっちゃいますよね。
原 うん。だから、誰がやっているとは知らずに最後まで自然に観れたという事は、ちゃんとそのキャラクターになってくれているという事だと思うんです。思いどおりのキャスティングではあったけど、結果的には、自分が思った以上にハマッたんじゃないかと思いますね。
── 宮崎あおいさんはどういうきっかけで配役されたんですか。
原 やっぱり、唱子という役は凄く演技力が必要とされるキャラクターだと思ったんですよ。そこから考えていって、宮崎あおいさんという名前が浮かんだ。そのギャップも面白いじゃないですか。この子を宮崎さんがやるの!? っていう。もし実現できたらこれは面白いぞ、と思いながらも、まあ難しいだろうとも思いましたよ。とりあえず聞いてもらうだけでもいいか、という事でオファーしてもらったら、思いがけずOKしてくれて。
── 宮崎さん自身、原作のファンだったらしいですね。
原 それもあって参加してくれたというのも、あとで知ったんだけどね。だって、宮崎さんがやってくれると聞いた時は、僕も驚きましたから。何事も聞いてみるもんだなあ、と思いましたよ(笑)。
── なかなか類を見ないキャスティングですよね。
原 完成披露試写会の時に、キャストの皆さんが初めて一堂に会したんですけど、その時に改めて思いましたね。「このメンバーがよく集まったな」って。実写映画の並びでもないし、TVのバラエティ番組の並びとも全然違うし。南明奈さんと宮崎あおいさんが並ぶ事って、まずないじゃないですか。
── そうですねえ。
原 なんか、もの凄くいい眺めだなあと思ってね(笑)。
── 南明奈さんはどういうきっかけで目に留まったんですか。やっぱりバラエティ番組とかで?
原 それもあったし、お芝居してる作品も観てたりしたんですよ。それで、この子は演技できるんじゃないかな、と思ってて。本人としては、喋りの抑揚のなさがアニメの声優には向いてないと思ってたらしいんだけど、今回はそれが、ひろかという役に合うと思ったんですよ。前にもアニメの声優の仕事はやった事があるらしくて、凄く苦手意識があったみたいなんだけどね。でも、今回のひろか役に関しては、全然よかったと思う。
── 現実感のない感じというか。
原 そう、ふわふわした感じが合ってるなあ、と。美術室で泣く場面なんかも、凄くよかったと思います。
── あと、『河童〜』と同様、『クレヨンしんちゃん』でお馴染みの声優さんたちも参加されてますよね。
原 ええ。藤原(啓治)さん、矢島(晶子)さん、真柴(摩利)さん、納谷(六朗)さんですね。今回は登場人物があんまり多くないから、どうしようかなあとは思ってたんですけどね。特に矢島さんと真柴さんに関しては、お願いできる役がないな〜と。でも「そうだ! 子どもだったらいけるかな」って。
── 駄菓子屋にいる子どもたちですね。
原 最初は実年齢に近い子役を使おうと思ってたんだけど、逆に矢島さんと真柴さんにやってもらったら面白いんじゃないかと。矢島さんは普通の子どもの声をやらせても凄くうまいんで、無理なくできるしね。それに、知ってる人が聴けば「あっ、しんちゃんの声だ!」って、面白がってくれるんじゃないかと思って。
── 矢島さん、台詞終わりのイントネーションが完全にしんちゃんでしたよね(笑)。
原 そうそう。オフで聴こえてくる「ケーチ!」っていう台詞がね。ああいうふうにワンポイントで出てもらう時って、声優さんに対して失礼にあたるかもしれない、みたいな心配も多少はあるんですよ。でも、矢島さんにも真柴さんにも、アフレコの現場で「呼んでもらえて凄く嬉しかったです」って言ってもらえて、お願いしてよかったなあ、と思いました。
── では、そろそろまとめに入りたいと思います。今の心境はいかがですか。[編註:このインタビューが行われたのは、映画公開前日]
原 まあ、なんとなくソワソワはしてますよ。ただ、今さら自分にできる事は何もないですからね(笑)。どうなるかは、蓋を開けてみないと分からない。楽しみでもあり、不安でもあり……まあ、凄くありきたりな気分ですけどね。
── ご自身の中で、作品としての手応えはありましたか。
原 うん、それは感じてます。でも、さっきも言いましたけど、作っている間はとにかく不安でしたよ。いくらでも派手にしようと思えばできるアニメという表現形態で、アニメが本来得意とする武器をほとんど持たず、手ぶらで、歩くように作り続けていたわけですから。やってる時はもの凄く不安だったし、もうひとりの自分が誘惑もしてくるんですよ。「アニメの武器、もっと使った方がいいんじゃねえの」って(笑)。
── 嘘でもいいから、主人公が空を飛んだりした方がいいんじゃないか、とか。
原 別に周りの人がそんな事を言ってきたわけじゃないんだけど、「みんながそう思ってるんじゃないだろうか?」みたいな気にもなってきて。本当にこのままでいいのか、みたいな。でも、なんとかそのまま、手ぶらで最後まで行けた。今は映画を観た人の声がだんだんと聞こえてきているので、やっとホッとしてるんですけどね。だから、劇場へ『カラフル』を観に来た人が、そう思って帰ってくれる事を期待してます。「観てよかった」と。
●『カラフル』原恵一監督インタビュー 完
2010年8月20日
取材場所/東京・東宝スタジオ
取材・構成/岡本敦史
●関連サイト
『カラフル』公式サイト
http://colorful-movie.jp/
(10.10.05)