【アニメスタイル特報部】『カラフル』原恵一監督インタビュー
第3回 ふっ、と怖くなる瞬間がたくさんあった

── 内容的な話に戻るんですが、原作と異なる部分でいうと、アニメでは夕食のシーンが凄く細かく描かれていますよね。あの辺はやっぱり、こだわられたところなんですか。
原 そうですね。このシーンではどんな料理が並んでたらいいだろうか、って。
── 原作では、そこまで詳しく献立が書いてあるわけじゃないですよね。最初に真が病院から自宅に帰ってきた時のシーンとかでは、若干ありましたけど。
原 確か、お寿司とステーキが一緒に並んでいるみたいな事が書いてあったかな。
── 特に原作と違うと思ったのはそこで、生還した真と家族が初めて食卓を囲む場面には「ここをガッツリ描かなくてどうする!」みたいな気合いを感じました。
原 ローストビーフっていうのは丸尾のアイディアだったと思うんだけど、やっぱりお母さんは真のためにいろんなものを作るだろう、と。それをアニメーターさん任せにするのはどうかと思ったので、料理本とかを見て、いろいろメニューを考えたんですよ。ちらし寿司とかね。
── 本当にお母さんの気持ちになって。
原 うん。家庭の御馳走って、わりと和洋折衷だったりするじゃないですか。その感じも出したかった。
── 凄くリアルな感じがしました。
原 食事のシーンはほかにも何度かあって、全部ではないと思うけど、ある程度のところまでは僕がメニューを考えた気がします。「面倒くさいな〜」って思いながら(笑)。
── 最後はやっぱり鍋だろう、とか。
原 そうそう。この季節だと何がいいだろう、という事も考えて。あんまり季節外れのものを並べたくはなかったので、そのあたりでも多少は気を遣ったつもりなんですけどね。最後の山場の食事シーンでも、何をもってきたらいいんだろうって、結構悩んだんですよ。やっぱり、場面としては冬に入っていく時期なので、最終的には鍋にしました。
── 食卓での会話なんかにも、少しずつプラスアルファがありますよね。映画を観ながら胸に刺さる台詞のひとつひとつが、あとで原作を読むと意外に映画オリジナルの部分だった事が分かったりして、それにも驚かされました。
原 さっきも言いましたけど、それは脚本の段階で足した部分もあるし、絵コンテで足した部分もあるし、両方あります。でも発想としては、原作に描かれている会話をもとに膨らませていったという事なんですけどね。コンテを描きながらも、「この場面ちょっと確認しておこう」とか思って、よく原作を部分読みしてましたから。僕が原作でいちばんいいな、と思った場面が、映画では鍋を囲むシーンになっているクライマックスなんです。あそこでの家族のやりとりが凄くいいと思った。だから、映画でもそこはきちんと山場にしないといけないと考えてました。
── まさにクライマックスという感じになっていると思います。
原 そう言ってもらえると、ホッとするんですけどね。作っている間は「ここがクライマックスになるのか?」っていう不安が凄くありましたよ。食事のシーンが山場のアニメって、あんまりないじゃないですか。
── まあ、確かにそうですね。
原 それも別に、こうするんだ! という強い気持ちがあったわけじゃなくて、順を追って考えていったら「あ、ここが山場じゃん」という事に思い至って。「大丈夫か、この映画」と思いましたよ(笑)。
── 家族が座って会話しているだけですからねえ。
原 『カラフル』では、ある時ふっと引いた目で見て、凄く怖くなる瞬間がたくさんありました。普通の劇場アニメの現場だったら、もの凄いアクションシーンとかを描いてる人が絶対いるわけじゃないですか。ところが今回は、そういう人が誰もいなくて、誰の机を見ても全員が食事シーンを描いたりしてる。
── それはそれで、相当珍しい現場ですよね。
原 ある時、その事に気づいて「やべえ!」と思った記憶があります(笑)。このままじゃマズイんじゃないか、って。
── 今からでもアクション足した方がいいんじゃないか、とか。
原 そうそう。空でも飛ばそうか、みたいな(笑)。その不安感には、なんとか最後まで耐えたんですけどね。「もう、このままで行くんだ」って。

── 音楽を大谷幸さんが担当されてますが、やっぱりこれまでの原さんの作品とは趣が異なる感じがしました。例えば、真がひろかの手を引っ張って雨の中を走っていくシーンの音楽は、結構びっくりするほど直球のロックですよね。それも監督のオーダーがあったんですか。
原 あそこはロックっぽい音楽がいいな、と思ったんです。コンテの段階で、ある程度は音楽の指示も書いていくんですけど、あの場面に関してはコンテでも「音楽はロックで」と書いてました。真がいちばん彼らしくない行動をとる、そのドキドキ感とかを表現するにはロックがいいんじゃないか、と。
── 仕上がりは、イメージどおりに?
原 ええ。今回の音楽は、ふたつの旋律だけを作ってもらって、あとは全部アレンジを変えて曲をつけてもらってるんです。あの雨の中をふたりで走る場面の音楽にしても、そのふたつの旋律のどちらかのアレンジなんですよ。
── そうなんですか。
原 本当は、ひとつの旋律だけで全編の音楽を作るつもりだったんですけどね。大谷さんにもその意図は伝えて、そのテーマを作る作業から始めていった。1分とか、1分未満とかのラフな曲を、大谷さんがひたすら作るという期間があって。結局、その中からどうしてもひとつに絞れなくて、「これとこれがいいんだけど」という話になったんですね。僕としては、それでもやっぱりひとつにしたかったけど、大谷さんから「ふたつでもいいんじゃないですか」と説得されて。ひとつは現実的な部分のテーマ、もうひとつは多少ファンタジックな要素を持つテーマという感じで分ければ、それほど矛盾しないのではないかという意見をもらって、僕もそれで納得したんです。
── なるほど。
原 お客さんが映画を観終わって劇場をあとにしてからも、なんとなく音楽が頭に残ってくれるといいな、という気持ちもあってね。じゃあ、いろんな曲を作るんじゃなくて、テーマを絞ろうと。昔の映画の音楽って、意外とそういう作り方をしているじゃないですか。僕の方からは、木下恵介監督の『野菊の如き君なりき』という映画の音楽がいい、という話をしました。あの作品も、ほぼ同じ旋律をもとに、アレンジを変えて全編でその曲を使ってる。それを大谷さんにも観てもらって。
── やり方の参考として。
原 うん。このやり方で成立しているし、それどころか素晴らしくなっている、という一例としてね。あとは、モーリス・ジャールの話とかもしたかな。僕は、デイヴィッド・リーン監督の映画が凄く好きなんだけど、モーリス・ジャールといえば、リーン作品の音楽で有名じゃないですか。
── 『アラビアのロレンス』を筆頭に。
原 そうそう。あと『ドクトル・ジバゴ』とかね。もの凄く印象に残る音楽を作ってる。彼が晩年、日本に来た時に新聞のインタビューを受けていて、そこで語ってた言葉が印象に残ってたんです。「10音に満たない音符の並びで、全てが決まる。その旋律が生まれた時に、全部が決まるんだ」みたいな事を言っていて。
── おお、なるほど。
原 曲自体はもっと長いんだけど、その旋律があるおかげで『アラビアのロレンス』のテーマは誰もが忘れられない音楽になっているんだ、と。なるほど、そうか! と思って。『カラフル』でも、そういうフレーズを作る作業を、大谷さんにしてもらおうと思ったんです。
── でも、それって作曲家さんにとっては相当……。
原 もの凄くハードルの高い注文だよね(笑)。
── 正解を出さなきゃいけない、っていう。
原 そうそう。大谷さん自身は、凄くやり甲斐がある仕事だと言ってくれたんですけどね。一方では、こりゃ大変だぞと思ってたみたいです(笑)。
── 何はともあれ、前向きに取り組んでくれたわけですね。
原 ええ。ちゃんとこちらの注文に応えてくれたと思います。僕の方でも「内容が地味だから、音楽はもう少し派手にしようか」とか考えがちなんだけど、そうじゃなくていい。凄く小さくて、あったかい音楽でいいんだ、と。最初は「オケ(オーケストラ)を使わないでもいいんじゃないか」みたいな話もしました。
── ああ、ピアノとか、ギターとか。
原 そう。確か「ギターとハーモニカだけで全編作れないですか」みたいな事を大谷さんに言ったんですよ。でも、大谷さんの方から「弦の音色には、人の心に訴えかける、なんとも言えない魅力がある。それを使わないのはもったいないんじゃないか」と言われて。それで、ピンポイントでオケも使う事にしよう、という事になった。今は、使ってよかったと思ってます。特に、鍋を囲むシーンで音楽が入るところなんかは、やっぱりオケの音じゃないと、あそこまでグッと来なかったと思うんだよね。そこはやっぱり、素直に素晴らしいなと思いました。

●第4回へ続く


●関連サイト

『カラフル』公式サイト
http://colorful-movie.jp/

(10.10.04)