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第23回
神山健治の「監督をやるなら観ておきたい20本」(4)


―― ちょっと余談になりますが、神山さんはTVのドラマを観て「あ、これは映画だ」と思う事はあるんですか。
神山 まれにあるよね。
―― TVのアニメでは
神山 アニメではね。『ガンバ(の冒険)』は、映画的な香りが凄くしましたね。
―― 逆に、劇場で公開されているものでも「映画」でないものも……。
神山 「映画」でないのも山ほどあるね。そういう事ですね。まあ、その正体は未だによく分かんないんですけどね。
―― 黒澤明の「七人の侍」をTVで観ても映画なんですか。
神山 TVを観ても「映画」だとは思いますよ。黒澤(明)さんの作品の中でも「これ、映画じゃねえんじゃないかな」と思うやつはありますからね。映画の正体が何か、皮膚感覚としてはあるけれど、説明は難しいね。それは課題です。僕が自分でやってく上での。
―― 必須条件がいくつかあるんですね。
神山 うーん、かもしれない。
―― 「映画」だと思った作品や、それを作った人の共通点を出せばよいという事では。
神山 そうではない気がしますね。これね、好みが分かれるかもしれないけど、岩井俊二さんの撮ってる映画って、題材だったりとかスケール感で言えば「映画」たり得ないものが山ほどあるんですけど、あるワンカットやワンギミックで、ちゃんと映画になったなと思うんだよね。「四月物語」だけがちょっと分からないけど。この間の「花とアリス」も、観るまでは「ついに岩井さんも映画にするのに億劫になったか」と思ったんだけど、観たらちゃんと映画になってたね。素晴らしい。あの人のものは、なぜか「映画」になってると僕は思うよ。だから、『オトナ帝国』は「映画」だと思う。『クレヨンしんちゃん』という作品の、長年やってきたエネルギーみたいなものが爆発してるし、やっぱり原さんの顔も見えたしね。そういう事で映画になるんじゃないかなという気がする。で、ああいうシリーズをこつこつと作ってる事で、最終的にその位置に到達できるんだという勇気ももらった。僕の周りにも、ルーチンワークの中で映画を作っていく中に神が宿る瞬間なんてないんじゃないかと思ってる人が多いわけよ。だけど、それをやっていく事で、あの瞬間を手に入れた原さんに僕は勇気もらったし、原さんを凄く尊敬しましたよ。そういう意味でも、まあ、みんな観とけやって気がする。
―― はい。
神山 でね、ここから我が師匠の作品が3つ続くんですが、『うる星やつら』の『ビューティフル・ドリーマー』は「映画」だなと思った。その前の1作目の『(うる星やつら)オンリー・ユー』は全然映画じゃないんですよ。それは押井さんもそれは認めてて、どうしたら映画になるかっていう事に対して非常に腐心した1年間だったらしいんですね。で、『ビューティフル・ドリーマー』は「映画」であるという事を、明らかに獲得してるんですよ。しかも、僕はアニメで「演出」を初めて感じたんだよね。いや、勿論、どんな作品にも演出はあるんだけど。たとえばアニメを観てて、演出に騙されるとか、引っかけられたのって、『ビューティフル・ドリーマー』が初めてなんですよ。
―― それは全体の構成についてもそうだし、個々の描写についてもそうですよね。
神山 そうですね。しかも、アニメというものが持っている特性を巧く使っている。例えばセル画って、2回撮影してもまったく同じ画が撮れるわけじゃない。実写でそれはありえないですよね。そういうアニメの性質を、メタレベルまで昇華させてる演出なんですよね。それが凄い。要するに、文化祭の準備をしているシーンのカットを、後のシーンで兼用していたじゃないですか。それは文化祭の1日前が繰り返されるという状況ゆえなんだけど、それを観た観客の多くが、これはおかしい(編集が)間違っているんじゃないかと思ったわけです。そういった事まで利用して観客をひっかけていく。セル画をカメラの下に置いて撮るという事まで、演出に盛り込んでる。それは凄くエポックだった。
 アニメを観て泣いたり、笑ったりとかいった事はあったけど、アニメの映画で騙されたのは初めてだった。俺はそこに演出の可能性を感じましたね。それまでの『うる星やつら』は一応観てたし、押井さんの回とかは引っかかってはいたけど、熱狂的ではなかったんです。この作品から、押井守をメチャメチャ意識しましたね。で、『パトレイバー1』というのは、その後の押井さんの映画の手法が結晶化していく作品だし、『パト2』はその到達点だろうと思います。『パト1』は押井さんのテイストじゃないものが入っている。


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―― たとえば、出渕(裕)さんやゆうき(まさみ)さんの意見やアイデアですね。
神山 そうですね。それから、やっぱりスポンサーからの要請とか、当然あってしかるべきものが。今の押井さん見てると、そういうものが一切介在しない大監督に思えるけど、当時はそういう外圧とか、外の要因が映画の中に介在してきたはずなんですよ。それを全部、自分の中に取り込んだ上で、押井守印を押して、もう一度アウトプットしている。まあ、そういう戦略も含めて、フィルムとして非常に上手くまとまっている。で、その追い風を受けて、もっと押井印が強くなったのが『パト2』ですね。しかも絵柄の獲得とかね、押井さんが目指したレイアウトシステムとか、そういったものが一旦完成をみた作品だなと思う。
―― 今でも、あれがレイアウトシステムを活かしたベスト作品かもしれないですね。
神山 うん。そう思いますね。なので、この3つは殿堂入りですかね。
―― 少なくともI.Gで仕事をしたい人は、観てから来てほしいですね。。
神山 うん。I.Gに来る以上は、観ておいてほしいね(笑)。
―― ここまでで、19本。20番目の候補は複数あるんですね。
神山 ここまで挙げた19本と並ぶくらいの作品を選ぶのが難しかった。『カウボーイ ビバップ』も見るべきところがたくさんあって、殿堂入りさせたいくらい。渡辺(信一郎)さんと川元(利浩)さんという演出家と絵描きの出逢いという事でも、注目したい作品です。それと僕は『メダロット』の岡村天斎をリスペクトしてるんですよ。色んな現場を渡り歩いて、あれだけきっちりとフィルムを作り続けているという事で尊敬しているし、『メダロット』も上に抗って成果を得た作品なんです。で、押井さんの『攻殻(GHOST IN THE SHELL)』は、海外でビルボードで1位をとったとか、アニメ史に燦然と輝く部分あるんだけど、やっぱり『パト2』に比べちゃうと、僕には押井濃度が低いと思えるので。
―― 世間に分かりやすいように噛み砕いて、ちょっと薄味になった押井作品ですよね。
神山 そうですね。押井濃度は減らした上で、食べやすくなってる。『ボトムズ』は(高橋)良輔さんの中でも金字塔だと思うんで、まあ、良輔さんは他にもいい作品いっぱいありますけど。しかも、『ガンダム』である程度完成してしまったリアルロボット路線で、その壁を突き破ろうとした作品は、アニメ史の中で『ボトムズ』と『パトレイバー』しかないと思うんですよ。
―― 『AKIRA』はいかがですか。
神山 『AKIRA』はジャパニメーションの代名詞ですから。アニメというものが飛躍するために『ガンダム』が最初にエンジンのブースターに点火したとしたら、それから10年経たずに、もう一度メインエンジンに点火した作品だとは思う。ただ、アニメーションとして、実験作的なところに陥っている気がしてるんですよ。アウトプットを明確にイメージしていなかったようなところがある。こういう事を言うと、大友(克洋)さんに怒られちゃうかもしれないんだけれど「『AKIRA』はアニメ界におけるベトナム戦争だった」という事をよく言っているんです。要するに(どんなフィルムを作って、どんな成果を上げるかという事に関して)落としどころのない戦争に挑んだという意味なんです。ただ、アニメ史に残る作品であるのは間違いないんで、そういう意味でいくと、これが多分20番めなんでしょうね。それから、この20本に『キャンディ・キャンディ』を入れようとしたんです。

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―― メジャーな作品の代表ですか。
神山 そうですね。あとやっぱり、『キャンディ・キャンディ』には非常に日アニ(日本アニメーション)的な部分があると思っているんですよ。それと『キャンディ』って、ガッチリとした構造をもちあわせているんです。映像的には、今観返すと痛いかもしれないけれど、物語に普遍性はあったと思う。ただ、今、ビデオやDVDで観る事ができないという事もあって外しました。
―― 20本を振り返って、選んだ基準は演出家としての目線ですね。
神山 そうです。やっぱり演出家目線だと思いますよ。
―― それから、話を聞いて思ったのが、おそらく現在のご自身のテーマかなという気もするんですけれど、絵柄と……。
神山 絵柄の獲得ですね。それは僕にとっても、非常に大事なテーマです。今回選んだのは「絵柄の獲得と、演出的思考のスキルアップのためのアニメ20」みたいな感じで(笑)。
―― 絵柄の獲得というのは、作品の内容に見合った絵柄を、いかに獲得するかという事ですね。
神山 だと思いますね。
―― それは、アニメーションにとってかなり大事な事ですよね。
神山 普遍性をとるか、流行性をとるかという事も、明確なビジョンをもった上でやらないと非常に危険だなという気がしてますね。
―― たとえば『人狼』は普遍をとったんですね。
神山 普遍をとったね。勿論、それは沖浦(啓之)さんが獲得したものだけど、あの時の僕としても、それが正解だと思った。今観ても風化はしてないと思うよ。ただ、アニメの鮮度って短くて、どんなに頑張ってみても、4年経つと風化するんですよ。もっと、詰めが甘いほうがいいのかもしれないと、最近は思ってますね。ちょっと詰めが甘いくらいの方が、普遍性が獲得できるのかもしれない。
―― その時に最先端だった絵柄は、古くなりやすいわけですね。
神山 うん。危険だと思いますね。
―― 分かりやすい例で言えば『(機動戦士)Zガンダム』ですね。それは今の映画版で、富野さんがビジュアルについても軌道修正している事で明らかですね。
神山 宮崎さんや名作劇場の画って、あの泥臭さが、流行の最先端をとる事は一度もなかったかもしれないけれど、その代わり普遍性は手に入れている気がしますね。
―― アニメブームの頃には、なんて古くさい画だと……。
神山 古くさい画だと言われてましたからね。でもね、今もって、ビデオデッキに突っ込んでみても「イタタ」とならないのは、これはもう恐るべき発明品ですね。100%作り物で、30年経っても痛くならなかったら、これはもう凄いよ。
 
●2005年8月29日
取材場所/Production I.G
取材・構成/小黒祐一郎
 



(05.10.20


 
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