アニメ様365日[小黒祐一郎]

第129回 『幻魔大戦』続き

 昨日は、他の原稿や打ち合わせをかかえていて、予定していたところまで原稿が進まなかった。今日は『幻魔大戦』の続きだ。ビジュアルについては満足だった。美術も素晴らしいのだが、やはり僕は、作画に注目した。キャラクターに関しては、必ずしも大友克洋のデザインを描ききったとは言えないが、そのかわりにパワフルなアクション作画が山盛りだった。作画監督の野田卓雄は、スタジオNo.1のメンバーであり、金田アクションのルーツともいえるアニメーターだ。当然、ケレン味のある作画との相性もいい。本作では、原画マンの持ち味を活かすかたちで、作画監督としての作業をしていたのだろう。
 個々の仕事で言えば、素晴らしいのは、何と言っても、スペシャルアニメーションとしてクレジットされている金田伊功だ。ニューヨークでのバトルもいいが、圧巻はクライマックスにおけるサイオニクス戦士と火焔龍の大決戦だ。1コマ打ちを多用した火焔龍は、一定のかたちを持たず、メタモルフォーゼし続けるエネルギー体であり、アニメーションの快楽を体現したキャラクターだった。とにかくよく動く。とにかく動きが気持ちいい。アニメの映像であそこまで快楽を感じた事はそれまでなかったし、それ以降もないかもしれない。個々のカットの組み立ても巧み。シンプルかつ鮮烈な色遣いも印象的なものだ。金田伊功の代表的な仕事であり、日本アニメ作画史に残る名場面である。このシーンではキース・エマーソンの「地球を護る者」が使われており、映像とのマッチンクが素晴らしい。曲のスケール感が、金田作画に合っていた。今でもこの曲を聴くと、金田作画で跳ぶ東丈が目に浮かぶ。りん監督としては、劇場版『銀河鉄道999』に続けて、クライマックスを金田作画に託したかたちであり、その意味ではこの場面は、劇場版『銀河鉄道999』クライマックスのパワーアップ版だ。また、『幻魔大戦』のクライマックスは、バトルの描写が続くばかりで、ドラマとしては非常に薄味だ。にも関わらず、音楽とビジュアルのパワーで立派なクライマックスに仕上がっている。それがまた、作画マニアとしては、たまらない。
 金田作画のクライマックスに匹敵するくらい痺れたのが、なかむらたかし作画の新宿のシーンだ。東丈を覚醒させるために、ベガが彼を建築中のビルに追い込み、そして、超能力で逆襲される。時間が停まった新宿というシチュエーションや、白と黒を基調にした画面構成もいいのだが、作画がずば抜けていい。金田伊功が自由奔放に動かしまくるのに対して、なかむらたかしは、リアル感を強調。「超能力とはこれだ!」とばかりに、リアルに、しかも、エキサイティングに動かしまくる。なかむらパートでの最大の見どころは、丈の超能力で、瓦礫や建築材料がベガとルナを襲う数カット。1カット内で動く物量の多さも、タイミングの気持ちよさも素晴らしい。裏をとった事はないが、その後の、自宅に帰った丈が指揮者のように指を動かし、レコードの曲に合わせて、本や地球儀などを室内で舞わせる場面も、まず間違いなく彼の作画だろう(当時のアニメ雑誌の記事によれば、この一連のシーンは、彼ともうひとりのアニメーターが原画を担当)。ここも鼻血が出そうになるくらいよかった。ならむらたかしは、ニューヨークの最初の数シーンも担当。新宿のような派手さはないが、超能力少年ソニーのポーズ、こしゃくな煙の処理など、ここも見応え充分。なかむらたかしは『未来警察ウラシマン』のキャラクターデザインでも、大友克洋の影響が見てとれる仕事をしており、後には大友と組んで『Manie-Manie 迷宮物語』や『AKIRA』を手がけている。『幻魔大戦』でも大友キャラとのシンクロ率は高く、全編通して、彼が大友克洋に一番近いラインのキャラクターを描いていた。また、『幻魔大戦』は映画全体として、リアリティのある描写を基調としており、その中でも特にリアル感が強いのが、彼が担当したパートだった。ある意味、僕が『幻魔大戦』という映画に期待したものに、一番近かったのが、彼が担当したパートだった。
 金田、なかむら以外で印象的だったのが、梅津泰臣の担当パート。場所としては、ニューヨークでの金田担当パートの直前だ。彼は原画デビュー直後のはずだが、リアルかつ華のある絵で、なかなかの格好よさだ(彼は映画序盤の丈の自宅シーンも担当。こちらの見どころはコーヒーの湯気だ)。冒頭の女占い師や、ジャンボジェット爆発前後のルナは、野田卓雄が自ら原画を担当。ジャンボジェットの爆発は、名前はクレジットされていないが山下将仁の作画だそうだ。ルナとベガの出逢いは、鍋島修の原画。古寺でのザメディとザンビのやりとり、その後で丈のガールフレンドの家が爆発するところは、ド派手なエフェクトが楽しい。当時のアニメ雑誌の記事によれば、それらは松原京子の原画。
 作画の話ではないが、さっきも少し触れたようにリアル感も本作の魅力だった。ディテールに凝り、キャラクターと背景をきっちり描く。新宿や吉祥寺といった現実にある街が舞台になっており、新宿にはそれらしい映画のポスター(それが『幻魔大戦』のポスターだったりするのが、またおかしい)が貼ってあり、新宿アルタも描かれている。吉祥寺では、お馴染みのアーケード商店街が登場。ガールフレンドと別れた後の丈が、学ラン姿でポルノ映画館に入ろうとして断られる場面があるのだが、そのポルノ映画館の描写がやたらと念が入っていて、特に印象に残っている(ポルノ映画館の前を通り過ぎる2人組が、丸山正雄プロデューサーと真崎守だと知るのは、ずっと後だ)。僕は新宿によく行っていたし、吉祥寺にも行った事があったので、そういった事が非常に新鮮だった(『幻魔大戦』を観たのも新宿の映画館だったたような気がする)。
 『幻魔大戦』より前に、宮崎駿が『新ルパン』の「さらば愛しきルパンよ」で、リアルな新宿を描いていたが、切り取り方が違うので、二番煎じだとは思わなかった。その違いを言葉にするのは難しいが、『幻魔大戦』が描いた東京には猥雑さがあった。そして、そういったリアル感は、僕が『幻魔大戦』というタイトルに求めていた新しさでもあった。その意味では満足だった。満足できなかった点については、次回で。

第130回へつづく

幻魔大戦[DVD]

カラー/131分/片面2層/スクイーズ/
価格/3465円(税込)
発売元/角川映画
販売元/角川エンタテインメント
[Amazon]

(09.05.21)