アニメ様365日[小黒祐一郎]

第284回 『軽井沢シンドローム』

 僕が大学に入った頃、一般マンガ誌で最もイケてるのが「ビッグコミックスピリッツ」だった。そして、その頃の「スピリッツ」で『めぞん一刻』と並ぶ人気作だったのが『軽井沢シンドローム』だ。軽井沢を舞台に、若者達の人間模様を描いた作品で、主人公はカメラマンの相沢耕平と、その相棒でイラストレーターの松沼純生。耕平は、節操のない下半身を持つ男で、次々に女性と関係を結ぶ。性に関して、非常に奔放な作品だった(そして、多くのファンがモテる耕平ではなく、フラれまくる純生に感情移入していたのではないかと思う)。物語やキャラクターにも魅力があったが、マニアックな描線、リアルな絵柄とギャグタッチのデフォルメキャラの使い分け、『機動戦士ガンダム』ネタなどのくすぐりも楽しかった。
 その『軽井沢シンドローム』がオリジナルビデオになっているのだが、当時、僕は観ていない。リリースされたOVAを全部観るのを目標にしていた友達が先に観て、「あれは観ない方がいいぞ」と忠告してくれたのだ。OVA『軽井沢シンドローム』は奇妙な企画で、アニメ+実写の作品だった。当時のアニメ雑誌の記事にも、この作品ではヌードの場面は実写になると書かれていた。友達は、その実写がひどいと言っていたはずだ。僕も記事を読んで「実写のヌード? ヤバそうだな」と思っていたので、彼の忠告を聞いてますます観る気が失せた。
 それから25年経った。こう書くと大仰だけれど、本当に25年経っているのだから仕方がない。この「アニメ様365日」でOVAについて書くためにリストを眺めていて、自分がOVA『軽井沢シンドローム』を一度も観ていないのを思い出した。この機会に観ておかないと一生観る機会がないかもしれない。そう思ってチェックしてみる事にした。
 OVA『軽井沢シンドローム』がリリースされたのが1985年7月5日。実写パートが不評だったようで、実写パートをアニメに差し替えた通称「アニメバージョン」が1986年3月21日にリリースされた。ここまでは知っていたのだが、今世紀に入ってからもうひとつのバージョンが生まれていた。2002年にリリースされたDVDが、「アニメバージョン」ではなく、最初の「アニメ+実写バージョン」から実写パートを抜いただけのものだったらしいのだ。つまり、3バージョンの『軽井沢シンドローム』が存在するわけだ。とにかく最初の実写パート入りを観ないとお話にならない。1985年の「アニメ+実写バージョン」を中古で購入した。
 やたらと前置きが長くなったが、昨夜、その「アニメ+実写バージョン」をようやく観た。総監督は西久保瑞穂、作画監督は井口忠一、製作はキティフィルム。約80分の長尺だ。アニメスタッフと別に、実写スタッフもクレジットされていた。感想をひとことで言うと「思ったほど悪くないぞ!」だ。この頃の作品としては、原作のビジュアルを再現している。カーアクションもちゃんと動かしているし、色遣いや美術で凝った事をやっているところがある。細かいところでは、井口忠一作監だけあって、アクションシーンにちょっと『未来警察ウラシマン』っぽいところがあった。
 ただ、話を詰め込み過ぎているし、キャラクターが多すぎるとは思った。いや、原作も登場人物が多いのだけれど、80分の単独作品として考えると明らかに多い。それから、原作序盤のみを映像化したためだろうが、ひとつの物語を描ききった感が薄い。ひょっとしたら、続けてPART2やPART3を作るつもりだったのかもしれない。記憶に残っている場面、セリフがきちんと再現されていて(久美子の名セリフ「プラスチックな絞殺死体」とか)、それは素直に嬉しかった。
 確かに実写パートは謎だった。実写パートは、ストーリーに絡んだものと、イメージ的に挿入されたものがあった。ストーリーに絡んだものとしては、さっきまでアニメキャラだったヒロインの薫を、いきなり生身の女優が演じるところがあって、これは違和感どころの騒ぎではなかった。ただ、実写パートは多くないし、長くもない。ちょっと変わった趣向くらいの感じだ。いや、それはリリースされて25年も経っている今だから言える事かもしれない。当時観たら「なんだこりゃあ」と言っていた可能性が高い。
 収穫だったのが声優陣だ。耕平を演じているのが、故・塩沢兼人。原作のイメージからすると、ちょっと線が細い感じかもしれないけれど、柔らかい二枚目芝居も、三枚目芝居もいいアジ出している。彼の持ち役でどれに近いかと言えば、ブラスター・キッドかな。純生役は三ツ矢雄二。モロに肉丸なんだけど、納得のキャスティング。多分、彼はこんな感じでしょ。きまじめな薫は榊原良子で、これが笑っちゃうくらいのハマリ役。絵里の冨永みーなも、久美子の室井深雪もいい感じだ。クライマックスで出てくるモデルの女の子を、横沢啓子が演っている。メインキャラではないのだけど、悩みを抱えた耕平に絡む人物で、セリフも多い。これが実にいい芝居で、最後の最後に全部持っていってしまった印象だ。

第285回へつづく

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(10.01.13)