アニメ様365日[小黒祐一郎]

第454回 『聖闘士星矢 最終聖戦の戦士たち』

 劇場版第4作『聖闘士星矢 最終聖戦の戦士たち』で、劇場版『聖闘士星矢』シリーズはひとまず完結する。この映画が公開されたのが、1989年3月18日。TVシリーズも、同年4月1日に最終回を迎えている。この後、21世紀にOVAシリーズで復活を遂げるまで、アニメ『聖闘士星矢』の新作が作られる事はなかった。
 この映画における青銅聖闘士の敵は、堕天使ルシファー(声/津嘉山正種)だ。ルシファーとは聖書に登場する悪魔だが、この映画では、大天使ミカエル、アテナ、摩利支天が、その野望を阻んできた事になっている。『神々の熱き戦い』もそうだったが、劇場版『聖闘士星矢』は複数の神々の世界が、同時に存在しているようだ。ルシファーに従う聖魔天使は、熾天使セラフのベルゼバブ(森功至)、智天使ケルビムのアシタロテ(難波圭一)、力天使ヴァーテューのエリゴル(山口健)、座天使スローンのモア(古川登志夫)の4人である。

 監督と作画監督が交代している。監督は『サイボーグ009 超銀河伝説』や『1000年女王』で知られる明比正行、作画監督はTVシリーズ『聖闘士星矢』でも活躍していた直井正博。作品の作りが、第3作までとまるで違っていた。キャラクターや構図の取り方も違うし、雰囲気も違っていた。第3作までにあった華麗さ、ロマンの香りは薄くなり、ストレートなアクションものになっていた。今観返せば、作画的にいいところもあるし、作劇の狙いも分からないわけではないけれど、当時は第3作までとの、あまりのテイストの違いに当惑した。観直してみると、第3作までがやや年齢の高い観客も想定していたのに対して、『最終聖戦の戦士たち』は子供のために作られている感じだ。ある意味で「東映まんがまつり」らしい仕上がりだった。
 話の作りに豪快なところがあった。冒頭でサンクチュアリにいた黄金聖闘士達が、聖魔天使によって、あっという間に倒されてしまう。『聖闘士星矢』世界において、戦士としては最強クラスの彼らが瞬殺されたのだ。また、魔界に堕ちていたルシファーが復活したのは、劇場版第1作のエリス、『真紅の少年伝説』のアベル、TVシリーズ「ポセイドン編」のポセイドンの小宇宙(コスモ)によるものだった。エリス達は、青銅聖闘士によって倒され、魔界に送り込まれていたのだ(ちなみに、エリス達は劇中で姿を見せるが、セリフはない)。ルシファーは、魔界にいるエリス達の力を使っており、やがて彼らを地上界に復活させるつもりだ。『神々の熱き戦い』ファンとしては、ええっ! どうしてそこにドルバルが入らないの? と思うところだ。彼は神の地上代行者であり、神ではないので、ルシファーの役には立たなかったのかもしれない。黄金聖闘士の扱いも、かつてのボスキャラが手下となって登場するのも、ルシファーの強大さを表現するためだというのは分かるし、子供向きの映画の作りとしては間違っていない。ただ、強引だとは思った。

 キャラクター描写で印象に残るのが、一輝と瞬の扱いだ。今回も瞬のピンチに一輝が登場するのだが、瞬に対する態度がまるで違う。瞬が「兄さん……」と言えば、一輝は「情けない声を出すな。だらしないぞ、瞬」と叱りつける。聖魔天使を倒した後に「やっぱり来てくれたんだね、兄さん」というお馴染みのセリフがあるのだが、それに対しても一輝は冷たい。倒れている弟に対して「アテナを救いたいのなら、自分の力で立ち上がるのだ、瞬」と言い放って、その場から立ち去る。この場面は当時、友達との間で話題になった。友人の1人は「明比監督は、一輝×瞬じゃないんだなあ」と言っていた。キャラクターのカップリングで、監督の個性を語るのもあんまりだと思ったし、多分、明比監督はそんな事は考えていないだろう。脱線するが、その発言をした彼は、今で言うところの腐男子であり、黄金聖闘士の同人誌で原稿を描いていた。さらに脱線するが、この頃になると、僕の友人にも男性キャラクターのカップリングについて話をするような人が、何人かいたのである。
 カップリングの話はおいておくとして、確かにその一輝の描写は、明比監督の判断によるものであるようだ。劇場版『聖闘士星矢』DVD BOXの解説書のコメント記事で、明比監督は「僕が気を使ったのは一輝の描き方です」とし、「弟に背を向けたまま、捨て台詞を残して去っていく姿を描きたかった」とも語っている。それは我が子を谷底に蹴落とす獅子のようなイメージだそうだ。一輝について「彼は親分肌なんだけど、いつも仲間に背を向けているはぐれ者……東映の任侠映画で言うと、主人公がメタメタにやられたところに出てくる、鶴田浩二や健さんのような男ですよね(笑)」と言っているのも面白い。

 当時はそんな事を思いもしなかったが、本作はアニメ『聖闘士星矢』の完結編である事を意識して作られたのだろう。公開されたのは、TVシリーズ最終回放映よりも前ではあったが、劇中ですでにポセイドンが死んだ事になっている。だから、時系列的にはTVシリーズの後の話だ。一輝が瞬に冷たいのは、彼の成長を促すためでもあるだろう。聖魔天使は、氷河に対して母親の幻影を使って攻撃する。氷河は亡き母親に対する思慕の念を抱き続けてきたのだ。だが、彼は自分の中の母への想いを乗り越え、幻影に対して技を放つ。この場面も氷河が様々な戦いを経て、強靱な精神を身につけた事を示しているのだろう。クライマックスでは、全ての黄金聖衣が集結して星矢に力を貸す。話を詰め込み過ぎているためか、完結編らしいムードになっているかというと難いところだが、アニメ『聖闘士星矢』最後のエピソードとしてまとめる意図があったのは分かる。この原稿を書くために、久しぶりに観返したのが、今なら、一輝が瞬に冷たいのに納得できる。あれでいいよ。甘やかし過ぎてはいかんよ、と思った。年を取って目線が少し変わったようだ。

第455回へつづく

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(10.09.17)