『キャシャーンSins』を戦い終えて……
山内重保監督・馬越嘉彦インタビュー(5)キャスティングの秘密
小黒 どうでもいい事かもしれないですけど、羽山淳一作監の10話の次に、弟の賢二さんが11話で作監をやってるのは、単なる偶然なんですか?
山内 いや、少しは意識してますよ。
小黒 やっぱりそうなんだ(笑)。
山内 羽山兄弟もそうだし、古谷(徹)さんと小山(茉美)さんという組み合わせも意識したしね。
小黒・小川 ああ、やっぱり!!
馬越 今、2人とも動きが揃ってましたよ(笑)。
山内 古谷さんが主役に決まったんなら当然、小山さんを出しちゃえ、と思って(笑)。
小川 それは『聖闘士星矢』での星矢・シャイナという繋がりも、意識されてたんですか?
山内 そうじゃなくて、元夫婦だから会わせちゃえって感じで。
小黒 ああ、もうストレートにそういう理由なんですね(笑)。元ご夫婦を敵同士の男女に意識してふった、と。
山内 ええ。上手くいったと思いましたね。バトルにも緊張感が出てたでしょう?
小黒 うわあ(笑)。
小川 そういえば、小山さんはレダと第7話のリズベルと、二役をやられてますよね。これはどういった意図で?
山内 元々、そんなに色んな人を呼ぶ気はなかったんです。できればもっと少ない人数で回したかったぐらい。メインの人はみんな(兼役を)やってるんですよ。リンゴ役の皆口(裕子)さんは2話のレンチだし、オージ役のチョーさんは9話のボルトン。ドゥーン役の中野(裕斗)さんは3話のアコーズ。あと、石田(彰)さんが2回やってるのかな。2話のルートと……。
馬越 12話のマルゴー。
山内 そうそう。今回の『キャシャーン』は、本当に役者さんの芝居が必要だったんですよ。だけどそんなに巧い人ばかりに出てもらえるわけじゃないんで、「巧いなあ」と思った人は、出ていただけるならどんどん出ていただこうと。
馬越 墓守はなんで千葉(繁)さんだったんですか?
山内 あれは小浜(匠)さんというキャスティングの人の采配で、(アフレコ当日まで)僕も誰になったのか知らなかったんですよ。そしたら千葉さんが来てね。
馬越 4話の玄田(哲章)さんと同じくらい、びっくりするような配役でしたね。
山内 それも小浜さんがやってみたかったからじゃないですか。そこは特別こうしてくれとは言ってなかったんだけど。千葉さんの墓守は良かったよね。
馬越 うん。あれは驚いた(笑)。
山内 話したらいい人でね。本当はもっと墓守のキャラクターを引っ張りたかったぐらい。ただ、もう後半まできていたから。
小川 逆に言うと、それ以外のところでは山内さんの采配が入っているわけですね。古谷さんと小山さんのカップリングであったり。
山内 うん、そうです。
小川 山内作品では宮原永海さんの使い方が凄く印象的なんですが、いつ頃からのお付き合いなんですか?
山内 あの声に惹かれて出てもらったのは『デジモン(アドベンチャー02)』の時から。その前に『どれみ』の矢田君役で声を聞いていて、他の人はどうか知らないけど、僕的には凄く魅力のある声なんですよ。それで『デジモン』の時に、デジモンや他のキャストとの組み合わせも考えて、いちばんいいかなあと。そこからのお付き合いかな。
小川 今回も最初からリューズ役を想定してたんですか?
山内 いや、元々は違う人でと思ってたんです。
小川 あ! そうなんですか。
山内 宮原さんは8話のジャニス役で1本だけ出てもらうつもりだった。でも、最終的にはリューズの方をやってもらいたい、と思って。
小川 なるほど。それでジャニスの歌だけは、宮原さんが歌われてるわけですね。
山内 うん。歌を入れるには相当早くから動いてないといけなかったから。結果的には(キャスト変更と)歌を入れたのは同時期くらいになったんだけれど、デモを作ってもらったのは、もう5〜6ヶ月前ですね。
小川 個人的に、宮原さんをいちばん上手く使うのが山内監督だと思って観ているんですよ。
山内 上手く使うなんて……(苦笑)。まあ、やっぱり彼女にしかない持ち味があるからね。19話あたりからの芝居はもう、絶品だなんて言ったら馬鹿にされるかなあ(笑)。
小川 いえいえ、よかったですよ。山内さんにとって宮原さんの最大の魅力ってどういうところなんですか?
山内 やっぱり、マジな声が出てくるから。アニメ用の声じゃなくてね。他の人でやっても綺麗にはハマるんだろうけども、あの持ち味はなかなか得難いんじゃないかな。まあ、個人的な考えだから「えっ?」と言われるかもしれないけど、僕はいいと思う。それよりも大成功したのが、ソフィータですよ。
小川 おおー、秋谷智子さん。
山内 (『おジャ魔女どれみ』の)はづきちゃんね。もうぴったし! あの声しかないと思って狙ってたから。
馬越 宍戸(留美)さんは使おうと思わなかったんですか?
一同 (笑)
山内 使うとしたらレダじゃない? いや、全然考えてなかったけど。
馬越 俺、どっかで出てくるんじゃないかと思ってましたよ(笑)。
山内 出てこない出てこない(笑)。宍戸さんの持つしっかりとした声と芝居が活きるゲストキャラが、もう1人、2人いれば使えるかと思ってたけどね。そういうキャラは今回いなかったから。
[編注:以下の文中に、作品の結末に触れている部分があります。あらかじめご了承ください]
小黒 シリーズを通じて、作り手がリューズを凄く優しく描いている感じがしたんですけど、それは気のせいですか。
山内 まあ、唯一のヒロインですからね。
小黒 唯一ですか(笑)。あんなにいっぱい女キャラがいるのに。
山内 ヒロインは誰かといったらリューズですよ。それはプロデューサーからも「ヒロインだから」と言われていたし、そのように作ってました。
小川 内面描写もリューズだけは豊かですよね。
山内 やっぱり、18話はどうしても必要だったんですよ。だってキャシャーンを殺すつもりできてたのに、そのまんまシカトして話を進めるのは絶対に嫌だったからね。元々あれは7話だったんです。ただ、7話でもうキャシャーン側につくのは早い気がしたので、ずっと外しておいた。あそこに入れたのは、後ろに19話があるからという事もあります。
小黒 ルナというのは、どういうキャラクターだと思われていたんですか? 設定的な事じゃなくて、例えばキャシャーンとの関係であるとか。
山内 難しいなあ……。本当はね、いちばん女性っぽい人だと想定してたんですよ。
小黒 そうですよね。
山内 あ、分かりました? そして結果的には、いちばん可哀想な人。キャシャーンも可哀想だけども、ルナがいちばん可哀想な人なんじゃないかな。もし時代が違ってたら、ルナとキャシャーンで平和な世界を作っていてもいいんじゃないか、と思ってた。だから矢島(晶子)さんにも申し訳なかったけど、最初はもう感情を殺して殺して演じてもらって。「ここからOK」というところから、どんどん感情を出してもらった。でも、話が殺伐としたダークな方向に展開してしまったからね。本当はもっと可愛い芝居とか、本心を見せられる話数があったらね。きつい方じゃなく、女の子になったルナが見た『キャシャーン』の世界も描きたかった。本当はそれぐらい、いちばん女性的というか少女っぽい人だという捉え方でやっていました。
小黒 山内作品だからこれは何かあるだろう、おそらくもっと違う面も出てくるんだろうと思ってたら、出ずに終わってしまって(笑)。
山内 そうなんです。出したかったんだけどもねー。話数がもっとあれば、もう少し違う風に持っていけたんだろうけども、現実的に後半は頭をそっちに回せなかった。
小黒 制作的な事を考えながらやっていて?
山内 うん(苦笑)。悪い癖というか、なんというか。
小黒 でもその分、わりとスカッとした終わり方になっているじゃないですか。
山内 まあね。自分にしてはケレン味がないなあ、と思ってる。
小黒 ああ、ご自分でも思われてるんですね(笑)。例えば『劇場版 聖闘士星矢 天界編(序奏〜overture〜)』があるじゃないですか。あれは山内さん的にも、もうケレンの固まりみたいな……。
山内 ええ(笑)。だって恋人同士の2人の話ですもんね、どう転がっても。
小黒 今回は、わりとストーリーをそのまま描いたような感じなんですね。
山内 そうそう。
小黒 今までケレン味全開でキャラクターを描いた作品って、例えば何がありますか?
山内 まあ、やってる作品が少ないですからね。『天界編』とか、あと劇場『星矢』の最後に星矢と沙織が手をつなぐやつもそうかな。
小川 ああ、『真紅の少年伝説』ですね。
山内 まだ若いから表現は下手だったけども、誰がどう見ても2人の世界というつもりで描いてた。『神々(の熱き戦い)』もね、瞬が必死に沙織さんを探すところなんかは、瞬のケレン味を一所懸命出してるつもりだったんだよ。あそこは好きですね。
小黒 『神々』だと、沙織を助けた後の見つめ合うところが凄く長いじゃないですか。あの長さもケレンなんですね!
山内 そうですね、うん。
小黒 なるほど! じゃあ『まじかる★タルるートくん』の劇場版で、登校中の伊代菜のカットが非常に長いところもケレンなんですね!
山内 これって馬鹿にされてるのかな?(笑)
小黒・小川 いえいえいえ!
馬越 ファンですよ、絶対(笑)。もの凄い山内ファンですよ。
小黒 今、全てが符合しました。『どれみ』のおんぷちゃんの回(第49話)なんて、全編ケレンですよね。
山内 電車のやつ?
小黒 そうです。
山内 あれはね、プロデューサーとCDから猛反対されたんですよ。
馬越 そうなんですか?
山内 うん。瞬間移動で電車の中に着くじゃない。あれが絶対やりたかったんだけど、「瞬間移動という魔法は、そう簡単に使ってもらっちゃ困るんですよね」って言われたんだよね。だけどあれは「もうダメだ」と思った時に、ポンっと中に入ってく。その瞬間のために前後を描いてたのにね。
小黒 つまり、山内さんが言うところのケレンというのは、演出的な粘りという事ですよね。
山内 そうなのかもしれない。僕自身がそのキャラクターに対して集中して、その人がどうやっていちばんいい結果に辿り着けるか、幸せになれるか、というところに(コンテを)描きながらどんどん集中していく。だけども、今回の『キャシャーン』に関してはなかなかそうできなくて……。唯一、エンディングですね。
小黒 最終回のエンディングですか。
山内 うん。もう考える余裕もなかったから(苦笑)。22・23・24話では、22話がいちばん難しかったし、いちばん大事だったのかな。23話は何を見せるかはっきり分かってるからね。最終回の24話は本当に、キャシャーンが鬼になるというところ、それとリューズとオージが死んでいくところだけで見せてる。あとはエンディングですね。レダに似てたよね? リンゴ。
小黒 あ、そういう事なんですか。
山内 一応ね(笑)。さっきコンテを早く切れるようになったとは言ったけども、もう少し時間があれば……。23話はあの見せ方でいいと思うけど、最終話は変わってたかもしれない。
小黒 なるほど。
山内 だって考える時間10秒だもん(笑)。10秒で考えてコンテを切っていかなきゃ終わらなかったから。大変だったですよ、身体も動かなくなってきて。
小黒 いや、その乱れが映像に出てないですから大丈夫ですよ。じゃあ、そろそろまとめにいきましょう。まず馬越さんから、終えてみていかがですか。
馬越 疲れました、本当に……。毎回言ってるかも分からないですけど、ちょっと節目みたいな作品にはなったかなあと思います。多分、やれる力は全て出しきっちゃったと思うんですよ。今年はもう、これでお休みぐらいの勢いですね(笑)。来年からまた何かできると思います。
一同 (笑)
小黒 ちょっと脂っ気が抜けてますよね。
馬越 いやあ、もうすっかり。最近ボーッとしてますもん。
小黒 山内さんはどうですか、終えてみて。
山内 今は、コンテが描きたくてしょうがない。
小黒・小川 ええー!(笑)
山内 いやホントに。今回は凄く辛かったんですよ。描きすぎて本当に体が動かなくなった。
馬越 それなのにコンテ描きたいんですか?
山内 うん、描きたいの(笑)。なんか麻薬みたいなもんでね。
馬越 それは凄いなあ。
山内 でも、しばらく仕事はしないですけど(苦笑)。まあ、家庭も持ってるから働かないわけにはいかないんで、どこかでいい仕事があったらね。監督じゃなく、いち演出として。
小黒 監督はやっぱり大変でしたか。
山内 いや、大変ではなかった。面白かったよ。
小黒 だって、ここまで山内さんの思いどおりにできたTVシリーズは初めてですよね。聞くまでもない事ですが(笑)。
山内 うん。初めてでしたね。
●『キャシャーンSins』を戦い終えて…… 完
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(09.06.19)