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『時をかける少女』応援企画

初心者のためのホソダマモル入門・その6
盟友・橋本カツヨ入門

タライふゆ  

 いやはや、ついに『時をかける少女』が公開ですね。自分が行った映画館には多くの人が入ってまして、安心しました。しかし、もうほんとに『時かけ』は面白い! 初日、2日目、3日目と行きましたが、何度観返しても震えが……いや、繰り返して観れば観るほど感動が倍加して止まらないんですけど、どうしましょうかね。

 というところで、まだまだ紹介したい細田作品は山積みなのですが、今回は一休み。別の方を紹介しましょう。細田さんとも仲良しで、演出の傾向もよく似ている。ある意味、兄弟のような存在の橋本カツヨさんです。
 細田守は知ってるけれど、橋本カツヨって誰? 別の人を紹介するぐらいだったら、もっと細田作品を紹介せよ。そうおっしゃる方も多いかもしれませんね。でも、細田守と橋本カツヨはお互いに影響しあい、それぞれ高め合っているという盟友同士。彼を外して細田を語る事はできないのです。細田守自身、橋本カツヨに影響を受けた(いや、オレが影響を与えた)と、あるインタビューでは語っているぐらいです。

 さて、橋本カツヨの代表作は『少女革命ウテナ』『天使になるもんっ!』でしょうか。どちらも絵コンテの担当です。彼と細田守との最大の違い、それはフリーの絵コンテマンである事でしょう。細田さんは、演出処理まで担当しますが、カツヨさんは絵コンテのみ担当される場合がほとんどと言っていいくらいです。また、クールなイメージのある細田守と比べ、カツヨさんは「情念の人」と呼ばれる事も多いのですが、その説明は後回し。
 カツヨさんといえば、自分がまず思い浮かべるのは『少女革命ウテナ』です。ここでの活躍は本当に目覚しいものでした。以下、『ウテナ』におけるカツヨさんの活躍と、細田演出との共通の特徴、あるいは違いについて述べていこうと思います。

 『ウテナ』は幾原邦彦監督の志向もあり、物語と同じように「表現」に力を入れていく、という方針をとっていました。その結果、参加した演出家陣は試行錯誤を重ね、次第にとがった表現を生み出すことになります。演出家陣には、最近では『獣王星』の監督を務めた錦織博さんや、風山十五さんなどが参加され、それぞれが腕を競いあい、傑作エピソードを連発していったのです。橋本カツヨさんも、その1人でした。
 意図したものかどうか分かりませんが、『少女革命ウテナ』では「キャラクターごとに担当の演出がつく」、というかたちに次第になっていきました。風山さんは西園寺という、ちょっと間抜けだけど一途な男を、錦織さんは、七実という、シュールな展開になりがちな、勘違い甚だしい少女を、カツヨさんは、気高く誇り高い女性、樹璃を……と、なんだか各演出家の嗜好を見透かしたかのように振り分けられていったのですね。これについて、カツヨさんは、自分達がまるでデュエリストのようだった、という旨の発言をしています。幾原さんの手の上で、自分達演出家同士が戦っていたのだそうです(『少女革命ウテナ』 LD7巻、橋本カツヨ、錦織博、対談より)。それほど、お互いに切磋琢磨していたという事でしょう。

 カツヨさんが最初に手掛けたのは、7話「見果てぬ樹璃」。ここでカツヨさんは「大変な内容」の絵コンテを描き、監督に怒られた、との事。もともと『ウテナ』という作品は、作画の手間を省き、それすらも表現として視聴者に提供しよう、という目標があったらしいのですね。「影絵少女」なんかが例として分かりやすいでしょう。この手法は影絵を使う事によって、原・動画枚数を減らし、作画にかける負担を少なくしました。カツヨさんは7話に関して「自分で原画を描く」という手段で、なんとかやりきるのですが、そればかりではその後を乗り切れない。という事で、『ウテナ』本来が目指していた、手間を省略する方向にシフトしていきます。その際、刺激を受けたのが、錦織さんが担当していた5話「光さす庭・フィナーレ」のりんごのカットだそうです。最初は、1個のりんごであったものが、のちの場面で突然、うさぎ型に切り分けられたものになっている――枚数を使わずに、視聴者にイメージを喚起するこの鮮やかな切り替えに、カツヨさんは大いに感銘を受けたようです。
 次にカツヨさんが手掛けるのは、俗に黒薔薇編と言われるエピソードの最初の1本目。14話「黒薔薇の少年たち」。さらに20話「若葉繁れる」、黒薔薇編最後を飾る23話「デュエリストの条件」と重要な回を担当。黒薔薇編全体もカツヨ風味に見える……なんていうのはちょっと言い過ぎですかね。ただ、幾原監督も黒薔薇編に関しては「ドラマに寄り過ぎた」という話をしており、その一因が橋本カツヨだった、とは言えるかもしれません。

 20話では、「禁断のイマジナリーライン越え」も行われました。イマジナリーラインというのは、映像表現において、人物と人物、人とものなど、2者の間をつなぐ(想像上の)線のこと。この線を意識して、カメラポジションを決めていかないと、視聴者側が位置を把握できなくなり混乱する、と言われています。映像表現では基本中の基本ですが、西園寺が御影という謎の男に出会った瞬間、このイマジナリーライン越えが行われます(ちなみにこの言い回しは、カツヨさんの絵コンテに書いてあったものです)。本来カメラを移動させてしまうと混乱が起きる“ライン”をわざとまたぐ事で、見る側に違和感をもたらし、それまでの世界が急激に反転する、という狙い。本作では、それまでが穏やかな世界だった事もあり、この急激な変化が大きな効果をもたらしています。
 もうひとつ、この話で印象的なのは、細田守のトレードマークともなった同ポ繰り返しを、カツヨさんも使っているところ。若葉という少女が登下校していく道筋のレイアウトが、何度もシーンを変えて使われます。『アッコ』14話の「チカ子の噂でワニワニ!?」などと同じ手法ですね。ちなみに、基本的に同じレイアウトなのですが、置かれている小物が、トラック、バイク、自転車とシーンごとに変わっています。これまた、細田さんも得意とする、同じように見えて少しだけ異なる部分を入れるという手法を彷彿させます。
 この場面について、『ウテナ』に参加していた、本誌の小黒編集長はこんな話をしてくれました。
 「そのシーンをコンテで見た時、最初は意図が分からなかった。正直『ウテナ』の世界で、これはどうなんだろうと思ったし、4カットも積む必要があるのか? とも思ったの。ただ、あとで細田守のフィルムを見て、橋本カツヨもこういう事がやりたかったのか、と納得した。そういう意味では、やっぱり橋本カツヨは頭の中で思い描いている事は凄いんだけど、絵コンテマンとして参加している以上、それが満足いく効果を出し切れていない場合があると思うんだ」
 おそらく、このように、思いどおりにフィルムにならないという苦悩が、フリーのコンテマンである橋本カツヨにはあったのでしょう。そうした苦悩が逆に、効果的な手法も生み出しました。
 例えばカットバック。カツヨさんといえば、切れ味のいいカットバックが印象的です。『天使になるもんっ!』20話「近いゆめ、遠いひと」でのキャッチボールシーンなんかは、ちょっと間抜けで笑えますよ(この話は最近話題にのぼる事が多い、京都アニメーションが参加してますね)。これに関しては、細田さんより、カツヨさんの方が一日の長ありか、と思えるほど面白い使い方をするのですが(すでに『時をかける少女』を見た方ならおわかりでしょう)、これは絵コンテ以降の段階で、他人の手が入った時にも間違えようがない、という事で、次第に増えていったやり方なのだそうです。細田守にも、こういった手法は受け継がれて行っているように思えます。

 ちなみに、最近はカツヨさんも、細田ばりに処理まで担当する事があります。オープニングなどの短いものの他にも、『不思議世界 アタゴオル』パイロット版の3DCGは処理まで担当していますね。細田守と見紛うばかりの出来でした。

 『少女革命ウテナ』の話に戻りましょう。カツヨさんと細田守との盟友関係という事で言えば、23話「デュエリストの条件」も面白い。個人的に『ウテナ』のなかで大好きなエピソードです。時間に取り残された哀れな男を描いた作品で、のちに細田が手掛ける『ONE PIECE ―オマツリ男爵と秘密の島―』や『おジャ魔女どれみ』「魔女をやめた魔女」とも通底する作品です。
 さらにもうひとつ、衝撃の総集編として名高い33話「夜を走る王子」では、道路に描かれた「止マレ」という標示が印象的です。これもまた、細田が多用する道路標識に通ずるところかもしれません。ちなみに、その後の『ウテナ』劇場版や『アリスSOS』のオープニングなど、橋本カツヨがかかわった作品にも、道路標識が多数出てきます。

 ちょっと前後しましたが、最後に29話「空より淡き瑠璃色の」に触れておきましょう。
 カツヨさんを「情念の人」だ、と自分が感じたのは、この話の印象が大きいのです。樹璃に対し、作り手側が肩入れしていることが、映像からひしひしと伝わってくるような気がしたのですね。あえて言うと、橋本カツヨが「キャラクターに自分自身を投影している」とでもいうような。まあ、これはこちらの勝手な妄想かもしれませんが(今までだって妄想を重ねているだろう、とツッコまれるかもしれませんけど)。
 このキャラクターへの投影ということでいえば、細田守にも、先ほども触れた『オマツリ男爵』という作品があります。それがどのようなものだったかは、WEBアニメスタイルでのインタビューをご覧ください。こうしてみると、橋本カツヨと細田守の間には、盟友関係以上に、強い紐帯があるのかもしれません。

 とまあ、語る事は全く尽きないのですが、とりあえず橋本カツヨについてはこんなところにしておきます。もし、細田守に興味を持っていただけたなら、ぜひカツヨさんの作品も見ていただきたいです。細田作品にも通じる魅力あり、それとは異なる橋本カツヨ独自の魅力ありで、細田守作品がより楽しめるものになること請け合いです。

●初心者のためのホソダマモル入門・最終回へ続く

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●関連サイト
『時をかける少女』公式サイト
http://www.kadokawa.co.jp/tokikake/

『時をかける少女』公式ブログ
http://www.kadokawa.co.jp/blog/tokikake/


(06.07.20)

 
 
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