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熱烈再見『佐武と市 捕物控』

データ原口さんに『佐武と市 捕物控』について教えてもらおう(3)


小黒 俺は『佐武と市捕物控』のLD-BOXが出た時に、半分くらいを観たんだけど。感心したのはさ、村野さんや杉野さんの虫プロチームが、雑誌マンガ的なキャラクターの凸凹した感じをそのまま描く、というのをすでにやっているんだよね。石森マンガそっくりというわけじゃないんだろうけど。そういうのって90年前後のOVAから定着したものだと思っていたんだ。巧い人は、昔からこんな画を描いていたんだと知って、驚いた。
原口 佐武なんかは、マンガと比べると石森っぽい顔に見えないんだけど、市は石森マンガらしい格好よさがあったよね。村野さんは、キャラクターデザインをやる時に、原作のキャラクターは柔らかくて丸っこいものだったけど、そうしたくないという意識をはっきりと持ってやってたらしい。
小黒 なるほど。
原口 あとね、9話や14話は、作画枚数をもの凄く少なくするという実験をやっている回でもあるんだよ。村野さんの記憶だと9話は1200枚で作ったそうだし、りんたろうさんの話だと14話は800枚で作ったと言うんだ。レイアウトやカメラワークが緊張感を維持しているので、手を抜いているような感じはまったく受けない。その中で、雪だとか、風だとか、それから眼だけがちらっと動く。例えば『(たばこ1本のストーリー)ハートカクテル』(TV・1986-1988)に近いスタイルかな。動くイラストみたいなかたちで情感を狙って、それをある程度確信して作っている。りん、真崎、村野の中でも、村野は突出してそういう事をやってた感じがするね。
小黒 あの頃、りんさんと真崎さんというのは、どういう関係なの?
原口 『ジャングル大帝』の時には、りんたろうがチーフディレクターで、真崎守は役職としては制作担当でね。りんたろうの片腕というか、よき相談相手みたいな感じだったらしい。『わんぱく探偵団』でも同じ役職で、りんたろうの目指す演出をいちばん理解し、制作面から支えてくれていたのが真崎守だったという事だと思う。で、りんさんからすると、真崎さんから演出をやりたくてしょうがない、という気持ちがひしひし伝わってきたというのね。それで、『佐武と市』をやる時に思い切って演出やったら、という事になった。オープニングのコンテも真崎守なんだよ。
小黒 あ、そうなんだ。
原口 今回、コンテを直にりんさんに見てもらったんだけど、第1話の前半が真崎守で、後半はりんたろうというかたちで分担しているんだよ。で、その後の「般若」「死を呼ぶ子守唄」「涙の逆手斬り」の場合は、コンテは全部真崎さんで、りんさんは部分修正しているだけ。連名になっていても、実際にコンテを描いているのは真崎守である率が圧倒的に高いんだよ。りんさんが言うには、当時の2人は凄く感性が似ていて、時代劇をモンタージュ的に場面を作っていく事などについても、同じように考えていた。だから、おまかせでも、真崎守はりんたろうの望むようなやり方でコンテを切っていた、という事らしい。りんさんは監督として、脚本やコンテ、音響などに目を配るのに忙しくて、自分でコンテを切る暇はあまりなかった。その分、真崎守が乗りに乗ってコンテを切ってたみたい。
小黒 なるほどね。基本的な事を確認するけど、作品としての価値は置いておいて、アニメ史の中で言うと、のちに影響を与えたのは虫プロがやった回という事になるんだよね。
原口 まあ、そうだね。変な喩えかもしれないけど、ボクシングものを作るなら、出崎統の『あしたのジョー』の影響からはどうしても抜けられないよね。
小黒 押井守ですら『うる星』のボクシングシーンを、『あしたのジョー』風にやっていたよね。まあ、あれはパロディでもあったけど。
原口 そうそう。それと同じように、アニメの時代劇で殺陣をやるっていう時には、いまだにどこかで『佐武と市』の呪縛から逃げられないんじゃないかと思う。それくらい虫プロは、ひとつのスタイルを完成させたんじゃないかな。時代劇というのは日本のリミテッドアニメに向いている題材なのだ、という事を実践してみせた。で、完成した映像を見てみると実際に格好いいので、誰もが真似したくなる。そういう部分はあるような気がする。
小黒 その後、マッドハウスが『浮浪雲』(劇場・1982)や『カムイの剣』(劇場・1985)を作るわけだけど、場面によっては本当に『佐武と市』のリメイクと言ってもいい感じなんだよね。まあ、作っている人も同じわけだけど。
原口 ははは。やっぱりマッドでも、時代劇をやるというと、当時のスタッフを連れてきちゃうくらい、『佐武と市』のスタイルが時代劇に向いていたんだろうね。
小黒 いまだに俺は、アニメで時代劇というと、実写の花火が思い浮かぶよね。
原口 そうなんだよね、そのイメージを作っているのが『佐武と市』なんだろうと思うね。ただ、さっきも言ったけど、実写の花火を使うという指向性は、むしろ虫プロよりもスタジオ・ゼロのほうだった。そういう意味では『佐武と市』という作品全体が完成させたイメージと言えるかも知れない。
小黒 恐ろしい事に、『佐武と市』をちゃんと見てなかったのに、そういったイメージを持っている。
原口 それに、石森自身がそもそも実験的な事が好きで、『佐武と市』の原作でも写真を背景に使ったりしているんだ。そういった部分もアニメ版に影響を及ぼしているとは思う。
小黒 同じ石森章太郎原作の『八百八町表裏 化粧師』(TV・1990-1991)は、虫プロ系統のスタッフが作っているわけではないのに、近しいムードがあったからね。
原口 監督だった福冨(博)さんが、具体的に『佐武と市』を意識していたのかどうかは分からないけど。石森原作を映像化すると、ああいうかたちになるのかな。
小黒 最近、関係者に聞いたばかりなんだけど、『化粧師』では石森さんが実験的な事をやってほしいと、アニメスタッフに言っていたそうだよ。
原口 なるほどね。石森さんが残した発言の中に、アニメの『佐武と市』は動きすぎたのが不満だというのがいくつかあるんだ。本当に画が止まっていて一部だけが動けばいいとか、あるいはもっと実写を交えればよかったと言っている。『化粧師』の時も、同じように考えていたのかもしれないね。
小黒 全体の印象についても触れておいた方がいいよね。シリーズ全体を通して見て、どうだった?
原口 あのね、今回いちばん感心したのは、脚本の見事さね。捕物帖だから、ミステリータッチのものもあるんだけど、30分なのに1時間ドラマを見たのかと思うくらい密度があって、破綻せずに起承転結のあるドラマが、毎回毎回ちゃんと作られていた。その事には驚きがあったな。時代劇専門の脚本家を揃えて書かせているだけあって、物語の設定に無理がないし、推理ものとして見ても遜色がない。キャラクターの心情のドラマとしても、特に市なんかは彫り込まれている。『佐武と市』だと、どうしても実験だとか画的な事が話題になるけど、虫プロ、スタジオ・ゼロ関係なく、まずドラマとして面白いんだよ。その上で、画的な見せ方でおおっ、と驚く回もある。そこは凄いと思った。
小黒 いちばん面白かった話はどれなの。
原口 「暗い殺しの夜が来る」(34話)というのは、原作があるんだけど、等身大のからくり人形が殺人をするという話でね。これが音響演出も揮っていて、怖いんだよ。「怪奇大作戦」の「青い血の女」を連想させる話でね、放映時期も近い。怖さの質というか、空気が似ているんだよね。これが、スタジオ・ゼロでいちばん本数をやっている吉良敬三の回なんだ。吉良さんは、今は『みんなのうた』をやったり、個人アニメ作家として大成している人なんだけど、ちょうどこの頃、アバンギャルドな事をやりたがっていた印象があるんだよね。虫プロとは別の意味で、ちょっと変わった演出をやっているんだ。吉良敬三の回はどれも面白い。
小黒 なるほど。
原口 それからもちろん、りんたろう、真崎守のコンビの回は、どれも隙がない。言い古されている事だけど、「般若」の回(3話)は、やっぱり凄い。セル画に般若の面の写真を貼っていて……。
小黒 写真だから動かないだとろうと思っていると、クライマックスで般若の面をつけたキャラクターが振り向くんだよね。あれは驚いたよ。
原口 そうそう! それにドラマ的にも、ネタばらしになるからあんまり言えないけど、仮面の持ってる二面性みたいなものを上手く使っていて、グッとくるんだよね。あと、泣けたのは7話の「涙の逆手斬り」だね。これは市がさ、眼科のお医者さんに……。
小黒 ああ! 覚えてるよ。あれは凄くいい話だよね。
原口 ほんとにね!
小黒 だって、(佐武を助けに)行かなくても、佐武は死なないかもしれないじゃん!
原口 そうなんだよ! ここで市がさ、自分が直ったはずの眼を犠牲にしなきゃいけない絶対的な道理がないだけに、待てっ! と言いたくなる。
小黒 お前は、そんなに佐武が好きか!?
原口 それで言うと、「恐怖の島送り」(9話)で、佐武が危ないのではと予感しただけで雪山越えをして、助けに行っちゃう市とかね。
小黒 その話も覚えているよ。あれも驚いた。
原口 シリーズ通して、「そんなに可愛いか、佐武の事が!」と思うくらいでね。そんな市の気持ちがいとおしいですね。市が、やきもち焼いてるんじゃないかって思うぐらいに、みどりと佐武の事を冷やかすんだよ。「よっ、ご両人」みたいな事を、よく言うんだよね。
小黒 あれはね、ルパンが不二子の事をあれこれ言っていると、次元が意地悪な事を言うのと似てると思ったね。
原口 ああ、似てる似てる(笑)。
小黒 まあ、そういう意味では女性は、別の見方ができるかも。本放送の時に、そんな事を考えて見ていた人は、ほとんどいないと思うけど(笑)。
原口 これも実際に見てほしいから詳しくは言わないけれど、最終回はやっぱり最終回なりの見応えがあるんだよ。テーマ曲の使われどころがね、ツボを心得てていいんだね。それから、裏を裏を採ってないんだけど、林政行が演出の回は、恐らくジャガードがやってて、荒木(伸吾)さんも描いていると思うんだけど、結構、凄い作画があるよ。
小黒 へえ。
原口 市がさ、馬にトラウマがある話があって。作画マニア必見の凄いカットがある。
小黒 その頃のジャガードなら、『巨人の星』と被ってるよね。『巨人の星』で劇画タッチが出始めるのって、飛雄馬がプロに入る頃からじゃない。だから、ちょうどその頃だ。
原口 ジャガードとしては『巨人の星』も並行してやって、パースのデフォルメなんかのツボが分かってきてる頃の仕事なんだよね。そういうスポ根の中で培われたアクションと、時代劇の虫プロ的な静と動みたいな感じが、混ざっている点が面白い作品だよね。
小黒 木村(圭市郎)さんの仕事歴を考えると、『タイガーマスク』作画のルーツのひとつでもあるからね。
原口 そう。だからスポ根のアクション作画の系譜を語る時に、ジャンルが違うから見過ごしがちなんだけど、『佐武と市』と絡んで同時に編み出されているものが確実にあるんだと思う。
小黒 総論になるけれど、『佐武と市』って、実験性とか江戸情緒とかいう部分でよく語られていたけど、それだけでなくもっと厚みがある作品だったわけだ。
原口 そうだね。物語の方も充実しているし。
小黒 さらに、虫プロの回ばかりが注目されがちだけど、それだけじゃないぞ、と。
原口 それも思った。スタジオ・ゼロの再評価っていうのが、もっとされてもいいと感じたね。付け加えると、終わりの頃に、石黒昇と棚橋一徳がジャブというスタジオで、スタッフとして入ってるんだよ。よく、『海底少年マリン』なんかが引き合いに出されて、石黒昇はエフェクトの得意なアニメーターだったと言われるけれど、石黒演出の回で、火事の煙の作画とかがやけに頑張ってるんだよね。石黒さんがやったのかどうかは分からないけど。虫プロ、スタジオ・ゼロ、東映動画とも違う外注が入っている楽しみもあるんだよ。だから、いろんな要素があるシリーズとも言えるんじゃないかな。
小黒 原口さんは仕事で関わって、それを十分楽しんだ、と。
原口 うん、そうだね(笑)。

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▲左はDVDのジャケット。右は封入特典の原作マンガだ。
●商品データ
DVDBOX「佐武と市捕物控」(10枚組)
価格:44415円(税込)
発売日:2005年7月27日
封入特典:別冊解説書、原作マンガ
発売元:青林堂ビジュアル
販売元:
コロムビアミュージックエンタテインメント
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(05.07.22)

 
 
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