アニメ様365日[小黒祐一郎]

第170回 『マミ』と望月智充と萌えアニメ

 小林治監督が「実写のカメラで撮ったような画作りをし、作品世界やキャラクターを現実感あるものとして描く」という方向性で『クリィミーマミ』を始めたとして、それを発展させ、『クリィミーマミ』の演出を完成させたのが、新人演出家であった望月智充だった。彼の演出担当回は、特に映像がしっかりと作られており、シャープなものに仕上がっていた。僕は本放映時にも、彼の回で「ありもしない実写のカメラ」を意識する事があった。
 ここまでで取り上げた場面を例にすると、50話「マミがいなくなる…」での、60秒の長回しのカットも、実写的に考えているからこそ作りえたものだった。そういったトリッキーなものでなくても、彼の演出回には、キッチリと画面が作られた気持ちよさがあった。同じ「マミがいなくなる…」で、立花が、団地の前でお好み焼きを売っているスネークジョーを訪ねる場面がある。そのシーンの最後のカットが、団地の前に立つ2人を超ロングショットで捉えた構図で、これが惚れ惚れするほどにクールだ。今観ると、まるで細田守の劇場版『デジモンアドベンチャー』のようだ(望月智充と細田守が、同じ既存の作品をお手本にして作ったのかもしれない)。
 望月智充の演出担当回が魅力的だったのは、映像的な新しさと、キャッチーな描写、物語としての面白さが同居していたからだろう。それをまとめる演出のトーンもよかった。当時、スタッフや技法に興味があるアニメファンの中には、『クリィミーマミ』で望月智充に注目した人間が少なからずいた。僕や友達の間では「突然現れた天才演出家」だった。彼のファンは、大学生くらいの男性が多かった印象だ。当時の望月智充は、近年の演出家で言うと、山本寛に近いポジションにいた。
 自分自身の事で言えば「望月智充の『クリィミーマミ』」が、演出を意識してアニメを観るきっかけになった。勿論、それまでも演出が優れた作品を沢山観ていたのだが、ここから、より強く意識するようになった。それは、望月智充のフィルムが、テクニカルな面だけ取りだして楽しめるようなところがあったからだろう。37話「マリアンの瞳」のラストカットで、画面の左下に小さくマミを配置した構図に感動したが、フレームの使い方で感銘を受けたのは初めてだったかもしれない。
 また、『アルプスの少女ハイジ』をルーツにする生活感を重視した演出を使って、今で言うところの萌えを発生させたところが、望月智充の発明だろうと思っている。生活感を重視した演出で、キャラクターの存在感を強め、さらに少女キャラクターをキャッチーに描く事で、萌えを発生させた。生活感がなくても、登場人物をキャッチーに描く事はできるが、存在感があった方が視聴者にアピールする力が強くなるというわけだ。こう書くと、『アルプスの少女ハイジ』にだって萌えに相当するものはあったぞ、という突っ込みが入りそうだが、それをアニメファン向けに、より明確なかたちで提示したのが、望月智充の『クリィミーマミ』だった。
 以下は、別の話。今ではレイアウトに力を入れて、生活感のある描写をしっかりやるタイプのアニメも珍しくない。深夜の萌え系と言われる美少女ものでも、そういった傾向の作品がある。いや、そういった作品の方が、レイアウトや生活描写に力を入れている場合が多いかもしれない。さっきの生活感が萌えとつながるという話だ。
 画面構成に凝り、生活描写を重視するかたちで作られた最初のTVアニメ(実際には画面構成だけで、生活感が出るわけではないのだが、ここは大づかみな感じで話を進める)が、1974年の『アルプスの少女ハイジ』だ。アニメ技術史について興味がある人で、これに異論のある方は少ないだろう。僕のアニメ史観では、それを受けるかたちで、1980年代に生活感を重視したTVアニメが複数登場する。それは『クリィミーマミ』に始まり、『タッチ』『エスパー魔美』『きまぐれオレンジ☆ロード』と続いた。1980年代末からしばらく、そういったタイプの作品を見かけなくなり(単純にレイアウトに凝った作品という事なら、押井守監督のものをはじめとする劇場作品がある。ただ、それらは微妙に文脈が違う)、ここ10年ほどで、また増えてきた印象だ。わざわざ「僕のアニメ史観では」と前置きしたのは、他の方の発言で、そういった文脈で捉えているものを見た事がないからだ。きっとマイナーな考え方なのだろう。
 僕の中では、1980年代の『クリィミーマミ』や『きまぐれオレンジ☆ロード』が、現在の、例えば『CLANNAD[TV]』や『けいおん!』につながっている。それでは『CLANNAD』や『けいおん!』のスタッフが『クリィミーマミ』や『エスパー魔美』を意識しているかと言えば、きっとそんな事はないのだろう。影響を受けていたとしても、先行して発表された作品のひとつという位置づけだろうと思う。そのあたり、どのような連続性があり、どのように断絶しているのかが気になっている。

第171回へつづく

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(09.07.17)