第480回 『となりのトトロ』
ひょっとしたら若い読者の中にはご存知ない方がいるかもしれないが、『となりのトトロ』と『火垂るの墓』は2本立てで公開された。片や暖かみのあるファンタジーであり、片や戦争を背景にした重たいドラマ。作り手側からすれば、シリアスな『火垂るの墓』と、楽しい『となりのトトロ』でバランスをとろうという計算があったのだろうが、それにしても2作のギャップは凄まじいばかりのものだった。
僕はこの2本を、劇場で観た記憶がない。当時、アニメージュ編集部で「どちらを先に観たかで、印象が変わるだろうねえ」と他のライターと話したのは覚えているから、きっと、試写で観たのだろう。僕はどちらの作品の記事作りにも関わっていなかったが、アニメージュはこの2本に力を入れており、周りで編集者やライターが熱心に記事を作っていたのを覚えている。事実、歴代ジブリ作品の特集の中でも、『となりのトトロ』と『火垂るの墓』の記事は充実したものになっていたと記憶している。
さて、『となりのトトロ』だ。作品内容については、今さら説明するまでもないだろう。宮崎駿監督のオリジナル作品であり、舞台となっているのは、昭和30年代の東京近郊。自然に恵まれた暮らしの中で、サツキとメイの姉妹が、不思議な生き物トトロと出逢う。『となりのトトロ』は長く愛され続けている作品だ。メインキャラクターのトトロは、この後、ジブリのシンボルマークにもなっている。
実はこの2週間ほど、ずっと『となりのトトロ』について何を書こうかと思っていたのだけれど、書く事が思いつかなかった。書ける事を、思いつくままに書く事にしよう。
書く事がないといっても、この作品に対してネガティブな想いがあるわけではない。むしろ逆だ。『となりのトトロ』は傑作である。僕個人の好みで言えば『風の谷のナウシカ』以降の宮崎駿が手がけたもので、一番好きな作品だ。『ナウシカ』と『天空の城ラピュタ』については、内容に関しても、映像に関しても首をひねるところがあったのだけれど、『となりのトトロ』は全肯定できる。自然に恵まれた田舎暮らしも、トトロをはじめとする奇妙なキャラクター達も、のんびりとした語り口も素晴らしい。アニメーションとしての魅力にも満ちている。キャラクターの芝居は生き生きとしているし、リアルなようでいて、きちんと画としての魅力も併せ持った美術が、非常に優れたものではあるのは言うまでもない。
作り手が肩に力を入れていないところがいい。いや、これだけ充実したフィルムを作るためには、大変な作業の積み重ねがあったはずだが、変に構えていない感じだ。だから、観る側としても素直に作品に入っていける。僕は、ジブリ以前の宮崎駿の仕事を偏愛するオールドファンの立ち位置にいるわけだが、『となりのトトロ』には、『パンダコパンダ』や『未来少年コナン』といった作品と同様の明るさ、ポジティブさがあり、それもこの作品を気に入っている理由でもある。しかし、『となりのトトロ』は、『パンダコパンダ』や『未来少年コナン』のような漫画映画的作品ではなく、もっとリアル寄りのアニメーション映画だ。現実味のある世界を構築し、そこで、おとぎ話的な物語を展開しているのがいい。
宮崎駿はアニメーションの天才であり、その天才の表現力が、遺憾なく発揮された作品でもある。僕は田舎暮らしの経験なんてないのだが、『となりのトトロ』を観ていて「懐かしい」と思ってしまった事がある。まるで自分があんな暮らしを、子どもの頃にした事があるように錯覚してしまったのだ。そんな錯覚をさせるくらい、『となりのトトロ』の世界は魅力的だし、説得力がある。『となりのトトロ』では、田舎暮らしや自然をリアル一辺倒に描いているのではなく、ある程度、抽象化し、理想的なものとして、劇中で提示している。そのリアルさと理想化のバランスが絶妙なのだ。
この原稿を書くために久しぶりにDVDで観直してみたら、サツキ、メイに対する父親の目線の、それは取りも直さず、作り手の目線であるのだが、その優しさにコロリとやられてしまった。『となりのトトロ』は20年以上経っても、全肯定できる作品だ。
第481回へつづく
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(10.10.28)