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水島精二監督が語る劇場版『鋼の錬金術師』
その5 テーマの語り方と作品の語られ方


小黒 今回のコンテは、みんなで描いて水島さんが手を入れるかたちだったの?
水島 いや、僕も描きましたよ。
小黒 自分で描いたのはどこ?
水島 僕が描いたのは頭から、エドがラングに会って城に行くところまで。
小黒 なるほど。
水島 それと最後もやっています。細かく言うと、エドが運転手を気絶させちゃって、ラングに「運転してくれるかな?」と言われるところまでが僕で、その次のカットからウーファ(ドイツの映画会社)に行く直前までが増井壮一さんですね。ウーファからロケットが発射するまでのコンテが金子伸吾さん。で、ロケットが発射するところの数カットが荒牧伸志さん。で、途中で安藤真裕さんが入って、ロケットが飛んでくところだけ、またちょろっと荒牧さんが描いてくれたりして。そこから錬金術世界は安藤さん。その途中から最後までが僕です。
小黒 途中ってどこからなの?
水島 「なんとかなるよ、2人なら」と言った後からが、僕のコンテです。
小黒 金子さんのパートの中に、中村豊パートが入っているわけね。
水島 あ、そうそう。
小黒 中村さんは純粋にアクションのところだけやってるの?
水島 そうですね。あの闘いだけですね。脚本でわずか8行、10行ぐらいの内容があんだけ膨れ上がった(笑)。
小黒 おー。
水島 元々、會川氏のホンには、アクションシーンってそんなにないんですよね。それを中村豊に渡すと3倍になるんですよ。
小黒 レイアウトチェックとかは、どういう体制でやってたの?
水島 レイアウトだけは、自分でも全部見ましたね。原画はほとんど見てないです。原画チェックは演出に一任しました。各作監も総作監の伊藤さんもレイアウトまでは全部見て、その段階で相当しっかり直しているはずですよ。伊藤さんは原画も見ているはずだけど、原画の段階だとそんなに直す余裕はなかったんじゃないかな。そういうやり方が、今回の作品には向いていたと思います。
小黒 最初の話に戻るけど、アニメの映画で、ああいった語り口の作品は珍しいと思ったんだよね。実写の映画なら、ああいう構成の作品もあるわけだけど。
水島 そうですね。
小黒 アニメの映画としては変わった語り口だから、観た人が戸惑うかなと思った。それで公開後に、ネットの感想をいくつか見たんだけど。俺が見た限りでは、そのあたりの事は、ほとんど言及されてなかった。
水島 普段アニメを見てる人は、なぜかそれについては言わないみたいですね。一般雑誌のコラムで「この時代に、こういう内容のものを作るっていうのはアニメではなかった事だし、荒削りだけど普通に映画として評価できるんじゃないか」といった事を書いてくれたものがあったんですよ。ああ、この人はちゃんと映画として観てくれてるなあと思いました。アニメの映画を、映画として観てくれる人は少ないのかもしれない。
小黒 アニメだから、キャラクターの言動とか、存在感みたいなものをもっとたっぷり描く必要があるかもしれないとは思わなかった? 今回、そういうところは外しているじゃない。
水島 言われている事は分かります。生身の人間じゃない分、アニメのキャラクターって存在感を獲得するのが難しいんですよね。だから、そこの部分を補強するようなキャラクターの描写を、実写よりもたくさん入れるべきじゃないかというのは、なんとなく思いますよね。今回はそういった部分は外して、テンポで見せるようにしましたから。そこに着目してほしいと思って作ったわけじゃないけど、そこを何も言われなかったのは、ちょっと寂しいかな。
小黒 そう言ったところに言及がないという事は、観客が自然に観られたという事で、成功したとも考えられるけど。
水島 そうだったら、いいんだけど。むしろ、あれじゃないですか。『鋼』をそういう風に語る事自体が、恥ずかしいんじゃないかなあ。
小黒 あ、そうか。
水島 女の子がキャーキャー言ってる映画だろうという見方は、絶対あると思うんで。実際、映画館に来てるのは、ほとんど女の子ですからね。だけど、僕達はキャラクターが好きな子達のニーズに応えるために作ろうなんて、まるで考えてないですから。こういう話でも、楽しんでくれるだろうと思って作っているわけだから。
小黒 堅いところと柔らかいところが同居しているのが、アニメの『鋼』のいいところだものね。
水島 あはは(笑)。ありがとうございます。會川氏と組んでやるからには、普遍的なテーマを盛り込もうと思うし、それで言えば、違うプランで作ったとしても、同じような事をやったんじゃないかと思いますね。
小黒 今回は「人と世界の関わり」についての話じゃない。それについて、周囲の反応はどうだったの。
水島 そうですね。僕たちがこの映画の中で語ってる事って、全く外の世界とつながっていない人生なんてない。自分が中心になってでき上がっている小さなコミュニケーションの輪があって、その輪は外につながっている。それは生きていくうちにいつか気づく事なんだけど、それに気づいたら、輪を閉ざしている人には開いてほしい。そういう思いはあるんです。でも、そういったテーマって、観た人の受け取り方次第で、色んな解釈ができますから。大上段に押しつけるつもりは、僕にはないんですよ。時間が経ってから、分かってくれればいいかなあとか。
小黒 TVシリーズでもそうだったけど、テーマをああいう風にセリフで言うのって、今のアニメだとあまりないよね。それが『ヤマト』世代のオジサンとしては、嬉しいというのがあったりして。
水島 それも、前に會川氏と言ってた事なんですよ。僕がそういう事をセリフにしすぎるのが嫌いなんですよ。セリフで言い切ってしまうと、言葉どおりの意味にしか捉えてもらえない。それは場合によっては危険かな。なるべく柔らかく緩く、ドラマややりとりの中で表現する方がいいじゃないかと思ったんです。だけど『鋼』始める時に、「でもね、中学生くらいの子達には、言葉で言わないと通じないよ」と言われて、『鋼』では、なるべく言葉にする方法論でやってきてたんですよ。
小黒 それは會川さんに言われたの?
水島 そうです。で、やっているうちに、確かにそうだよなって思いましたね。
小黒 しかもね、ちゃんと言葉で言ったとしても、それが視聴者に正しく通じるかどうか、分かんないしね。
水島 そうそう。だからこそ、セリフにはするけれど、その表現の仕方を模索しなくてはいけないと思ったんです。ひとつの意味しか伝わらないのは違うし、まるで違った意味で受け取られても困る。劇場版の、あの「世界と無関係でいる事なんかできない」というセリフもそうなんです。エド自身が、今まで自分自身が利己的とまではいかないけれども、自分が見えてる範囲だけで物事を捉えて行動したために、色んな事が起きてしまったという経験を持っているわけじゃないですか。人体錬成をしてしまった事から始まって、自分が自分の世界を閉じてしまったという事を分かっている上で、あのセリフを吐く。だから、あれはヒーローが言うセリフじゃないんですよ。もの凄い自戒の念があって言ってるから、そういう表現をしなきゃいけないという事で、演出や作画も一所懸命にやりましたし、朴(■美、■=王+路)さんにもそういった演技をお願いしています。朴さんが舞台挨拶で「ヒーローじゃないから、と言われてた」と話していたのはまさにあのシーンで、カッコよく言ってもらっちゃ困るわけですよ。アルを諭すために優しく、でも厳しく言わなきゃいけない。だけど、まるで自分が全てを悟っているように言っても困る。そういうところには気を遣いましたよね。それでもファンに、あれがヒーローっぽいと言われたりすると、あー、やっぱりヒーローっぽく見える人には見えるんだって思いますけど。
小黒 観た人の反応が気になったのは、俺が今回の映画のメインの客じゃなかったからなんだよ。TVの最終回とその前で「等価交換というのはひとつの理想だけど、我々の住んでる世界はそれが通用する程、完璧ではない。だから、美しい」といった事を、何人かのキャラクターにセリフで言わせたじゃない。あれを高校生の時に聞いていたら、俺は間違いなく感動していたと思うの。
水島 なるほど。
小黒 でも、いい年をした大人だから、世界が完璧でないなんて事は分かっている。なるほど、そうだよな、と思っても感動まではしない。「おっ、このアニメ、いい事を言ってるな」と思ったわけ。つまり、自分に歳の近いスタッフ達が、若者に向けていい事を言ってるなあ、というスタンスで観たんだ。
水島 はっはっは(笑)。それはそうでしょうね。
小黒 当たり前だよね。
水島 当たり前ですね。
小黒 で、今回の劇場版の「個人と世界」も、当然、若い人に向けて語られた事だよね。
水島 勿論、そうですね。
小黒 だから、若い人がああいった事を、どう受けとめたかというのが、ちょっと気になった。ただ、ああいうものがドシンとくる人は、ネットとかで感想を書く人よりも、もっと若いのかもしれない。5年後とか10年後とかに、それについての感想を耳にする機会があるかなと思っているんだけど。
水島 そうなってくれると嬉しいなと思いますね。でも、さっきも言ったように説教するつもりで作っているわけではないので、あまり構えないで、自然に観てもらいたいな。何年か後とかにね、また観返してもらえるフィルムになったらいいなと思いますよね。
小黒 これで、一連のアニメ『鋼』もほぼ終了だよね。3年間、お疲れ様でした。
水島 いえいえ、とんでもない。でも、本当によかったですよ、『鋼』に関われて。

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 シャンバラを征く者 シナリオブック」

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(05.09.20)

 
 
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