細田守作品逆ロケハン戦記
第2回 容赦なき赤信号! 「信号機」との戦い

どうかんやまきかく

 前回書いたように、今回から細田守作品の逆ロケハンという筆者らの戦いを、テーマごとに報告していきたい。今回のテーマは、現代の交通戦争のさなかにあって人類の安全を守るため今日も寡黙に働き続ける赤・青・黄色のまぶしいヤツら、そう「信号機」である。
 なお、今回からは本編のカットを掲載せず、細田作品のDVDが読者の手元にあり、かつそれらを一時停止で表示できることを前提に進めていく。たとえばDVDプレイヤーが表示する再生時間で12分47秒のカットを指すときは、〔12:47〕と表記する。なんとも無茶な前提だが、この無茶な感じがアニメスタイルらしいと言うほかない。

 さて、今回取り上げる細田守作品は劇場版『デジモンアドベンチャー』だ。本作は細田守の初の劇場監督作品で、1999年の東映アニメフェアで上映された短編アニメである。団地を舞台にした迫力の怪獣バトルシーンは公開当時から一部アニメファンの間でちょっとした話題だったが、決してただのモンスターものではないその物語も印象的だった。突然モンスターと出会った幼い兄妹の、たったひと晩の物語。そう、あれは「早すぎる出会い」だった……! と、いった幼い頃を思い出すかのような感傷的な気持ちは「逆ロケハン」にとってさしあたり重要ではない。重要なのは大人になって忘れてしまった何かではなく背景美術である。
 それでは早速SHOT 04を見てほしい。劇中〔11:04〕では、アグモンが交差点に立っているところだ。夜の団地にはまぶしすぎる蛍光灯の看板が、街路にたたずむ異様なモノの姿を浮き上がらせていた。

SHOT 04

 この交差点がどこなのかは、看板の病院名を手がかりにたやすく見つけることができた。意気揚々とカメラを構えたものの、劇中カットと可能な限り同じ構図の写真を撮るためには青信号になるまで待たなければならない。しかし青になると、今度は横断歩道を横断する歩行者の姿が。そこで「逆ロケハンしてるからそこどいて!」と叫ぶ、などというわけにもゆかず耐え忍ぶことしばし。ようやく誰もいなくなったと思ったら青信号は点滅を始めてしまった。慌ててシャッターを切るも、できた写真では青も赤もついていない。点滅の「滅」の瞬間に撮ってしまったのである。いつも背景にさり気なくその姿を見せている信号機、それは逆ロケハンにとって手ごわい相手なのである。
 同じことはSHOT 05についても言える。劇中ではバスが方向指示器を点滅させて停車しているカット〔12:27〕だ。

SHOT 05

 これもまず劇中と同じ構図になるようにカメラを構え、そのままの体勢でじっと赤信号を待って撮影する必要があった。赤信号をあんなに待ち遠しく思ったことは後にも先にもない。
 戦いはこれだけにとどまらない。信号機がないカットでさえ、逆ロケハンでは信号機との間に数々の戦いが繰り広げられたのだ。たとえばSHOT 06〔13:46〕は、劇中と同じ構図で撮影するため、横断歩道を渡りかけた位置で撮影している。

SHOT 06

 筆者は歩行者用信号が青になるたびにほんの数メートルだけ横断歩道上を進み、車道の真ん中でおもむろにカメラを構えつつ手元に用意した劇中カットのプリントアウトをチラチラ確認して構図を合わせ、信号が赤になる前に撮影して慌てて歩道に戻る、ということを何度か繰り返した。そんな筆者のまわり、横断歩道上を歩いてゆく多くの善良な一般市民たちの視線が痛かったことは言うまでもない。横断歩道を渡る時には心強くも頼もしい信号機たちだが、逆ロケハンなどという所業に血道を上げるような輩に対しては実に情け容赦ない相手なのである。
 当たり前だが、現実の信号機の色は自動的にどんどん変わるわけだ。しかし、本作はアニメである。実写映像なら「たまたま撮影時に青だった」から劇中でも青信号、という可能性もあるが、アニメではそんなことはない。
 一見どうでもよさそうな背景の信号の色だって、その色にすることをスタッフの誰かが何かの理由で決めたはずである。それがたとえどんなに些細な理由でも、だ。SHOT 05はバスが信号待ちをしているところだから、対面交通に対するこの信号は赤でなければならない。この理由は明確だ。でもSHOT 04の信号は、なぜ青なのか? 赤や点滅する青ではいけなかったのだろうか? 信号機の色は実は筆者らの思いもよらない遠大なはかりごとによって決定されているのではないか……!?
 SHOT 04が絵コンテで「青信号」と素朴に指定されていたことを筆者が知るのは、何年も経って本作の絵コンテがスタイル社から出版されてからのことだった。

第3回へつづく

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(09.07.13)