細田守作品逆ロケハン戦記
第9回 現実との足し引き! 「演出家」との戦い(前編)

どうかんやまきかく

 たとえば点灯する信号機、たとえば停止する自動車、たとえば観光する旅行客。単に舞台を訪問するのであれば何とはない存在が、「劇中カットと可能な限り同じ構図」を信条とする「逆ロケハン」にとって恐るべき相手になることをこれまでの連載で示してきた。しかしそれは彼ら自身が望んだことではない。その信号機が青であること、そこに自動車が停まっていること、そこに旅行客がいないこと。これらを望み、コントロールしてきた真の相手は画面の外にいる。それはアニメ制作スタッフ、とりわけアニメ演出家である。演出家の手にかかれば、現実にない何かを足すことも、現実にある何かを引くことも、鉛筆一本、指示ひとつで十分だ。筆者らは演出家の「演出」と戦ってきたと言ってよい。
 演出家による「現実との足し引き」が「逆ロケハン」の戦いに及ぼす困難は、「劇中カットと可能な限り同じ構図」を撮ることの障壁になることだけではない。撮影地点を特定するときの難度を上げることもある。例としてSHOT 25を挙げよう。SHOT 25は『時をかける少女』で、静止した時間が動き出すときに真琴がいたシューズショップのカットである〔73:21〕

SHOT 25

 写真と劇中カットを比較すると、劇中カットでは横断歩道と歩行者用信号機が「足さ」れ、道路標識が「引か」れていることが分かる。撮影地点の特定が難しくなる理由には、単純なビジュアルの「足し引き」の問題以上に、観客である我々が作品から受ける印象の問題を含んでいる。本カットの前ではスクランブル交差点の雑踏が描かれ、本カットの後ではアップになった信号機が点滅する様子が描かれる。おそらく前者は千昭が真琴にとって特別な存在から二度と会うことのない衆人のひとりに変わる過程を象徴し、後者は動き出した時間と、事態がすでに手遅れであることを象徴している。この劇的な展開が横断歩道と信号機の印象を強くしている。ところが、現実には横断歩道も信号機も存在しない。劇中の印象に囚われると、撮影地点は見つけられなくなってしまう。
 逆に考えよう。「劇中カットと可能な限り同じ構図」を撮ろうとしたときに、どうしても同じにならないところができることがある。現実にない何かが足されていたり、現実にあった何かが引かれていたりしているわけだ。もちろん長椅子が増えていたり、樹木が伐採されてたり、作品とは何の関係もなく「足し引き」が生じることもある。しかしそうでない場合、その「足し引き」には演出家の意図を読み取らざるをえない。実写と異なり、アニメでは「撮影中、何かの拍子にたまたま演出家が望んだとおりになった」ということはない。そこには「演出」の必然的な意図が垣間見える。
 たとえば「足す」ということ。
 SHOT 26は『SUPERFLAT MONOGRAM』という細田守が演出したルイ・ヴィトンのプロモーション・アニメ(2003年)の1カットを逆ロケハンしたものである〔03:37〕

SHOT 26

 劇中カットには画面中央に時計が立っているが、写真にはない。もちろんスタッフがロケハンしたときには時計があって、筆者らが逆ロケハンをする前に撤去された可能性もあるが、そのような痕跡はなかったのでおそらく演出家が時計を足している。
 およそ細田守は時計が好きである。劇中にタイムリープする少女がいたり、トケイヲモッテイル奴がいたりする作品ならともかく、そうでない作品でもそこかしこに時計が出てくる。単にレイアウトの隙間を埋めるためと思える場合もあるが、より積極的に我々の日常で時計を見る時のあの感覚、たとえば「時間がない」という感覚に触れてくる場合が多い。それは受け手の時間を送り手がコントロールする必要のある、アニメ(あるいは映画、映像)というメディアの特性にも関わっているのだろう。
 たとえば「引く」ということ。
 SHOT 27は劇場版『デジモンアドベンチャー』の1カットを逆ロケハンしたものである〔16:27〕

SHOT 27

 写真にはフレームに入りきらない街灯が中央に立っているが、劇中カットにはない。もちろんスタッフがロケハンしたときには街灯がなくて、筆者らが逆ロケハンをする前に設置された可能性もあるが、それほど新しい街灯には見えなかったのでおそらく演出家が街灯を引いている。
 およそ細田守は街灯が好きである。その理由のひとつは、手前に配置することで容易に奥行きが表現できることがあるだろう。これは特にお台場の描写で顕著だ。他の理由には、我々の高さの感覚に触れたいという意図があるのだろう。SHOT 27の劇中カットには進化して大きくなったグレイモンの後姿がある。グレイモンの大きさは、手前の電話ボックスやバス亭との対比で「大きい」と印象づけている。ところがフレームに入りきらないような「高い」街灯があっては、「大きい」グレイモンの印象は弱くなってしまう。ゆえにこの街灯は引かれたのだろう。

第10回へつづく

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(09.08.31)