第183回 『愛・おぼえていますか』のビジュアル
とにかく『超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか』のビジュアルは素晴らしかった。キャラクターもメカも美術も美しくてリアル。そして、ゴージャス。間違いなく、当時のセル画表現の最高峰だった。その後も、ひょっとしたら『愛・おぼえていますか』に匹敵するくらいセルが美しい作品は、出ていないかもしれない。
美樹本晴彦によるキャラクターデザインは、TVシリーズの段階からキャッチーなものではあったが、TVでの本編作画は、たとえ作画のよい回だったとしても、どこか未完成な感じだった。それは制作スケジュールの都合で、作画に時間がかけられなかったためかもしれないし、まだ美樹本が画描きとして発展途上だったためかもしれない。第106回「美樹本晴彦と大阪のメカキチ」で、彼が描いたキャラクター原案に衝撃を受けたと書いたが、実は、TVシリーズ『マクロス』でのキャラクター作画は、僕がキャラクター原案を見て期待したほどよくはなかった。
キャラクター原案で期待したビジュアルが、『愛・おぼえていますか』でようやく観られた。いや、期待していた以上の素晴らしいビジュアルが展開した。1枚1枚のセルがイラストのようだった。『マクロス』以前のアニメ作品にも、イラストのような美麗なカットはあったが、大抵それは決めのカットだけ、しかも、止め絵である場合が多かった。しかし、『愛・おぼえていますか』では全編に渡ってキャラクターがイラストのように美麗であり、しかも、美麗なまま動いていた。作画がいいだけでなく、セルの色も綺麗だった。「セルってここまで綺麗になるものなのか」と思い、驚いた。
メカに関しては、まず物量が凄まじい。メカが登場するカットが多いし、さらに描き込みが凄まじい。量も質も凄かったのだ。冒頭のバルキリーが発進する場面なんて、何度観ても惚れ惚れとする。この映画が公開するまで、メカの物量が一番多い作品は『さらば宇宙戦艦ヤマト —愛の戦士たち—』だった。メカが出てくるカットを数えたわけではないので、あくまで印象での話だが、多分、間違ってないだろう。メカの物量も『さらば宇宙戦艦ヤマト』の魅力を支える柱のひとつだった。そして、これも印象の話になるが、『愛・おぼえていますか』は質だけでなく、量においても『さらば宇宙戦艦ヤマト』を越えていた。
メカ作画に関しては、TVシリーズでも活躍していた板野一郎が、作画監督として全体をまとめ、その下で、活きのいい若手原画マンが活躍するというかたちだったようだ。描き込みだけでなく、アクションもバッチリ。要所要所の作画を庵野秀明が担当し、クオリティ向上に貢献している。ただし、第108回「『愛は流れる』と脳内補正が効かない作画」で話題にしたTVシリーズオープニングの背景動画カットや、「アニメ様の七転八倒」の第3回「板野サーカスの神髄」で触れた18話「パイン・サラダ」のような、観ていて腰が浮くようなカットは『愛・おぼえていますか』にはなかった。それは絵コンテでアクションをきっちりと構築していたため、板野一郎が作画段階のアドリブで、内容を変えるような事がなかったからだろう。
近年のアニメ界では、過剰な描き込みはダサいという考え方があるが、この頃は「描き込み=高いクオリティ」だった。そして『愛・おぼえていますか』の描き込みは、今観ても、決してダサくない。
第184回へつづく
超時空要塞マクロス 愛・おぼえていますか
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(09.08.06)