『ももへの手紙』沖浦啓之監督インタビュー
第4回 目指すは劇場版『じゃりン子チエ』

── 先ほど話に出た「不思議惑星キン・ザ・ザ」以外に、何か理想にしていた作品とか、意識していた作品はありますか。
沖浦 今回よく言っていたのは……といっても、安藤さんや井上(俊之)さんにしか言ってないけど、『じゃりン子チエ』の劇場版を目指したいと。
── ああ〜。
沖浦 いつも自分の中では、映画としてのクオリティという意味では『龍の子太郎』を目標にしていて、あのぐらいできればいいなと思いながらやるんです。今回は、ちょっと演出的にもハードルが高いんですけど、『じゃりン子チエ』もひとつの目標にしていました。
── どういった点で『じゃりン子チエ』を理想にしていたんですか。
沖浦 あの映画をまんまやりたいということではなく、あんなふうにキャラクターの個性をちゃんと動きで表現しつつ、きちんと人間を描いているという作品にしたかった。動きひとつにしても「(原作マンガの)このキャラクターが動いたらこうだろう」というのが、それぞれの芝居づけに活かされている。今回は、妖怪たちでそれをやりたかったんです。
── 動きそのものがキャラの個性を体現しているような。
沖浦 ええ。今のアニメだと、描くことで精一杯になってしまって、たくさんキャラクターが出てきても動きのコンセプト自体は全部同じになってしまう。よっぽど特徴がないかぎり、なかなか個性を際立たせていくのは難しい。そこをなんとか、そのキャラなりの芝居づけを考えて、ちょっとしたことで登場人物にアニメーションならではの生命感を与えられないかな、と。『じゃりン子チエ』はそういう試みを非常に上手くやっていた。そんな前例があるんだから自分たちもそれを目指してみようと思っていました。例えば、イワの動きなんかは「大塚康生さんだったら、どう描くかな」みたいなことを考えて描いてました。
一同 (笑)。
── 先ほどもおっしゃっていましたけど、イワは『じゃりン子チエ』でいうテツ的なポジションなんですね。
沖浦 そうそう(笑)。実際に作画する人には、もちろんイワとして描いてもらえばいいんですけどね。自分の中で「大塚さんだったらこうだな」みたいなイメージがあるというだけで、口では言いませんけど。

── そういうことで言えば、『もも』はアニメーションとして本当にいろいろなことをやっている感がありました。面白い芝居づけにしても、キャラクターの醸し出す色気にしても。特に、主人公のももが寝転がっている時とか、変な格好で椅子に座っている時とか、非常に女っぽい色気を感じました。11歳の女の子に対して色気とかいうのもナンですけど。
沖浦 (笑)。まあ、そのあたりも自分としては大事にしたいところではありますから。生命感を感じさせる方向に行けるか、妙にいやらしい感じになってしまうか、そのギリギリの境界ってあると思うんです。そういう色気みたいな感覚は、意図的にちょっと採り入れたり、逆に避けたりということは考えてやっています。
── 『人狼』でも、ヒロインが畳の上で横になっている場面にものすごい色気を感じたので、「やっぱり沖浦さんは女が横になってるところを描かせると凄い!」というのを再認識しました。
一同 (笑)。
沖浦 うん、そう感じてもらえたら嬉しいです。でも、今はそういうことを表現したくても、なかなか発揮できる場がないものですから。今のアニメで主流になっている絵柄だと、日常生活の中で感じる色気や生命感といったものは表現しづらい。そういうタイプの作品が、もう少し世の中にあってほしいんだけど……。
── 少ないですよね。
沖浦 ええ。だから「自分で監督をしなきゃな」と思う理由があるとしたら、それもひとつありますかね。自分で描きたいものが描ける環境を、自分で作らないといけない。
── そういえば、ドタバタシーンのデフォルメ感とか妖怪の描き方に、ちょっと『電脳コイル』っぽさも感じました。
沖浦 あ、そうですか。
── 今回、『コイル』に参加されていたアニメーターの方も多いですよね。井上さんも、本田雄さんも、本間晃さんもそうだし。
沖浦 確かにそうですね。そもそも井上さんは、これを頼んだ時にちょうど『コイル』をやっていて、そっちが終わるまで待ってね、ということだった。本間君が参加したのも、井上さんの紹介で入ってもらったような気がする。そういう繋がりはあるんじゃないですかね。
── なるほど。あれは単純に『コイル』関係者が多く参加しているから『コイル』っぽいのか、あるいはリアル系の作画でコミカルな芝居をやろうと思うと、自然と近しいラインの絵柄になっていくのか。ふたつの可能性が考えられると思ったんですよ。
沖浦 どうなんでしょう? 実は『コイル』を1本通して観たことがないので、なんとも言えないんですけど、どちらの可能性もあるんじゃないでしょうか。
── ももちゃんの「ドヒャー」みたいな表情とかも、担当アニメーターのアドリブというわけではなく、沖浦さんのコンテからそう描いてある?
沖浦 そうですね。大体、画としては自分の画がベースになっていると思います。

── 中盤、みかん畑での追っかけっこで、運搬用のモノレールみたいな機械が出てきますが、あれはロケハン中に見つけたんですか?
沖浦 そうです。あれはモノラック(商標)といって、みかん栽培をしてる段々畑ではどこでも普通に使っている機械です。ロケハンでそれを見た時、なんとなく「今回のメインメカはこれだな」と(笑)。意外とアニメーターの中にも「モノラックを描きたい」という人がいましたね。いざ描いてみると、相当難しいですが。
── 終盤のクライマックスを除けば、いちばんの山場ですもんね。実際にあんなスピードで走るものなんですか。
沖浦 うん、あんなもんだと思いますよ、ゆっくりな時は。
── イワが乗っても大丈夫なぐらい?
沖浦 みかんケースをかなり積んでも動くわけだから、かなり耐えるんじゃないですかね。イワの大きさだと、ちょっとマズいかもしれないけど(笑)。乗ってみると、なかなか強烈なんですよ。歯車がレールに噛み合うカシャンカシャンカシャンという音とか、独特の変な揺れとか。
── あ、実際に乗られたんですか。
沖浦 ええ。僕が乗ったのはわりと平地に近い、みかん畑の茂みの中を突っ切るようなところだったんだけど、制作の松下が乗ったのは凄い急勾配を登っていくようなところで。そのモノラックの動きを撮影したかったのに、乗っている松下本人がビデオを持っていて(笑)、「それじゃダメだろ」と。
── 空だけ映ってて、音しか録れてないみたいな。
松下 そうなんです。なんのために乗っちゃったんでしょうね。
沖浦 (笑)。
── モノラックは地域の共有財産なんですか。それとも農家が個人で持ってる?
沖浦 多分、個人で購入してるんじゃないかと思いますよ。トラクターとかと同じ、いわゆる農機具の一種ですから。
── じゃあ、劇中でモノラックを壊されちゃった農家の人は、ちょっと可哀想ですね(笑)。
沖浦 そうなんです。そこはちょっと心が痛いところなんだけど、そこまでフォローしていると、さすがに大変なので、お許しいただきたいな、と……。
── あと、今回はCGも使われていますよね。みかん畑のところと、クライマックスの橋と。あれはどういった意図で使われたんですか。
沖浦 あ、作画できないものだったので(笑)。
── 「最後のアナログ・アニメーション」と言われた『人狼』の沖浦さんが、ついにCGを普通に使うようになったんだ、という感慨があったんですが。
沖浦 いや、『人狼』の時は単にCGが使いたくても使えなかったんです。本当はもっとデジタルでいろいろできると思ってたんだけど、当時のI.Gの中にまだCG部門がなかったので、諦めて今までどおりのやり方で作ることになった(笑)。今はもちろん、昔できなかったカメラワークも実現できるので、普通にCGも使っています。
── みかん畑のくだりは、視点移動のところがCGですよね。
沖浦 そうですね。あんまりこれ見よがしにカメラを動かしてもしょうがないので、使い方としては地味になったんですけど。一方では、みかん畑とかの自然物を描くので「技術的にそんなことが本当にできるのかな?」という不安もあった。で、CG監督の西川(和宏)さんと相談しながら、なんとかできそうだということで、シミュレーションを重ねて、技術的な部分を詰めていってもらいました。
── 仕上がりはいかがですか。
沖浦 うん、かなりのことができるんだな、と思いました。こんもりと茂った木が、背動の中でちゃんと動いてくれるのは「凄いな」と思いましたね。木の素材は背景で描いているのですが、それを疑似的に3D化しています。あんなにうまくいくものとは想像していなかったですから、びっくりしました。
── 序盤の船とかも3Dでしたよね。
沖浦 ええ。あれを作画で描くのは無理だというのが最初から分かってましたから。その前後で、船が3Dじゃないカットもあります。カットによってバラバラですね。
── なんとなく、沖浦さんは3D否定派なのかと思っていました(笑)。
沖浦 いやいや、全然そんなことはないんです。ただ「いかにも3D」という感じが強かったり、あまりにもマッチングの悪さを感じる作品は、ちょっと好きではないですけどね。いかにも3Dモデルの車が出てきて、しかも窓ガラスが全部ハイライトで潰してあったりすると、さすがに違和感がある。
── ことさら「全部手描きにこだわるぞ」という気持ちはないけれども、積極的に3Dを使ってやろうみたいな気持ちもなかった?
沖浦 それはなかったですけど、ある程度の制作期間しかない中で、無駄に時間を費やして作画するより、3Dでアプローチしたほうがいいものができるなら、そのほうがいい。だからクライマックスも、橋は全部3Dで作るというのは最初から考えていました。止め画の背景は手描きですが、カメラワークのある部分に関しては3Dなんです。

●第5回につづく

ももへの手紙 Art & Animation

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『ももへの手紙』公式サイト
http://momo-letter.jp/

(12.04.27)