『ももへの手紙』沖浦啓之監督インタビュー
第5回 丸4年を費やした作画作業

── アニメーターの割り振りは、どのように決められたんですか。
沖浦 どうでしたかね……多分、メインスタッフの間で相談して決めていくかたちだったと思います。
── 井上俊之さんが副作監。作監補の1人として、本田雄さんがクレジットされてますね。
沖浦 そうですね。基本的には、自分と安藤さん、井上さんの3人で回していましたが、後半になって(井上)鋭さん、本間君に作監補に回ってもらい、その後、本田師匠にもお願いしました。副作監や作監補といっても広範にわたって仕事してもらっているので、厳密な仕事の区分けがあったわけではないんです。井上さんには途中からレイアウトを一手に引き受けてもらいましたが、部分的には安藤さんも隙間で対応しています。最初の頃は自分もレイアウトを直したりもしていたんですが、どんどんそんなことをやってる場合じゃなくなってきて(笑)。途中からは原画チェックに集中して、レイアウトは見るだけになりました。
── 先ほどもお話に出ましたが、井上さんは『コイル』が終わってからの途中参加なんですね。
沖浦 そうです。ただ、井上さんが来た時も、まだ原画マンが1〜2人しかいなかったんです。
── え? そうなんですか。
沖浦 しばらくの間、末冨(慎治)さんが1人で原画をやっているという状況だったんですよ。だから、わりと長いこと現場には安藤さんと末冨さんだけがいる状態で動いていた。
松下 末冨さんが入ってから、ちょうど1年後に井上さんが入られたんですよね。
沖浦 ああ、そうだね。そのあとから人がどんどん来だした感じでした。
松下 その間、外部のアニメーターさんにも部分的にはお願いしていたんですが、スタジオ内にはお2人しかいない状態でした。
── なるほど。末冨さんは、最終的にいっぱい描いてるんですか。
沖浦 うん、いちばん描いていると思います。鋭さん、末冨さんは、百何十カットとかやってるよね?
松下 そうですね。
沖浦 あまりにも長期間だったので、本人も浮き沈みがありながらの作業でしたけど(笑)、なんとか頑張ってやってくれましたね。
── 作監の安藤さんや井上さんも、原画は描いてるんですか。
沖浦 ええ、描いてますよ。いろいろ変則的なんです。そもそも末冨さんも入っていなくて、安藤さん1人しかいなかった時は、パイロット的なテストフィルムを作っていたんです。その原画は全部、安藤さんが描いてます。そこで方向性を決めて、いよいよ本編に入ったところで、オープニングからももが家に到着するまでの40数カットのレイアウトを、安藤さんに描いてもらいました。そのあと末冨さんが原画として入ってきたので、そこから普通に作監作業に入ったんです。
── ということは、作画は冒頭から順番にやってたんですね。
沖浦 そうです。あそこら辺は全部、安藤さんのレイアウトですね。
── 沖浦さんがレイアウトなり原画なりをチェックする時には、安藤さんや井上さんの入れた修正も併せて見るわけですか。
沖浦 そうですね。まず、レイアウトチェックの手順としては、コンテの拡大コピーをもとに、原画さんがレイアウトを描いて、それを井上さんがチェックします。それを俺が見たあと、安藤さんがキャラを載せて、最後にまた俺が見てOK……というのがいちばん多いパターンですね。ただ、原図から俺か安藤さんが見ているカットは、井上さんのところを通らないわけですが。
 原画チェック時は、レイアウトの時よりも、さらに細かく見ますので、動きの微調整が必要になります。その時に、動きのキーになる表情やポーズは、なるべくレイアウトチェック時の安藤さんの線を使いたいので、それをなぞったり、位置をずらしたりと指示を入れていきます。
── 例えば『千年女優』で、レイアウトの(美術的な部分の)直しは主に今(敏)監督がやって、キャラの直しは本田雄さんが全部やる、みたいな仕事の分け方はしていない?
沖浦 そういうハッキリした分担は、全然なかったです。もちろんキャラのフィニッシュは、全て安藤さんが入れますが。
── 動きに関しても?
沖浦 そうですね。原画チェックの場合、人物の細かい芝居については、俺が大体見たものを安藤さんがまとめるというかたちでした。アクションっぽいところは、なるべく井上さんにお願いしています。大雑把に言えば、大体そんな分け方でしたかね。

── ももが最初にイワたちと出会って、家から飛び出して町の中を走っていくところは、凄く動きがシャープな印象がありました。これはどなたかの持ち味なんですか。それとも、皆さんの総合力の成果なんでしょうか。
沖浦 原画は向田(隆)さんですね。わりと原画がそのまま残っているものと、安藤さんの手が入ってるものと、カットによって色々だと思います。
── 本田さんも、作監補としては、そんなにまとまってやってるわけじゃない?
沖浦 ええ。作監補としての期間は短かったので、量としては多くはないですが、難易度の高いシーンをやってもらっていますね。
── 本田さんが原画を担当されたのは、どのあたりなんですか。
沖浦 原画は、ももが箒を振り回すところ。あのくだりは全部ですね。部屋の中で、ももが寝てるフリをしていて布団から飛び出して、3匹が部屋から出て行くまで。
── 箒をぶんぶん振り回すところは、わりとリミテッドアニメ風の作画でしたよね。
沖浦 うん、中なしのコミカルな芝居ですね。
── あれは本田さんの画そのままなんですか。
沖浦 そうです。原画が上がってきた時、みんな意表を突かれました(笑)。
一同 (笑)。
沖浦 俺は「いいな」と思ったから全然OKだったんだけど、他の人は「これはこの作品でOKなんだろうか」と。
── 沖浦さん自身は、ああいうのは自分では描かないですよね?
沖浦 いや、描かないというか、あんな大胆な原画はとてもじゃないけど、描きたくても描けないです。しかも、実はすごいスピードで移動してるんだけども、ポーズがいいから、ちゃんと目で追えるんですよね。ホントに素晴らしい。毎回、師匠の原画が上がってくるのが楽しみでしょうがなかった。
── 念のため確認しますが、沖浦さんも本田さんのことを「師匠」と呼ぶんですね?
沖浦 ええ。前にアニメスタイルで取材された時にも訊かれましたよね(笑)。
 話を戻すと、アニメーターの割り振りに関しては、その時に空いているシーンと、スタンバイしてもらっている人との相性という部分で、意外に限られてきてしまう。だから、その時々の状況によって臨機応変に決めていました。
── 他にたくさん原画を担当された方はいらっしゃいますか。
沖浦 量で言うと、山田(勝哉)さんには結構あちこちやってもらってます。あとは西尾(鉄也)君も結構やってますね。
── 西尾さんはどのあたりを?
沖浦 ももと妖怪たちが踊ってるところです。
── ああ、かなりキャッチーな部分を(笑)。やっぱり「ここは西尾鉄也だろう」という感じだったんですか。
沖浦 そうですね。本人も興味がなくはなさそうだったから。やり始めたら、かなり面倒くさそうでしたけど(笑)。
── 予告編にも使われているシーンだから、見せ場といえば見せ場ですよね。
沖浦 今や、この映画を代表する場面になってますからね。「さすが持っていくな、西尾鉄也」と。
一同 (笑)。
沖浦 ただ、踊りの芝居以外のところは、結構これが西尾君の画になっちゃっていたので、それを『もも』のラインに戻していく作業が、ちょっとありましたね。
── ああー。
沖浦 でも、やっぱり原画のポイントがうまいですから。ちゃんと画面映えする、構成のしっかりした原画なので、完成画面でも西尾君のよさがちゃんと活きていると思います。

── 井上さんが原画から描かれたところは、どこなんですか。
沖浦 飛び込みのところは、みんな井上さんですね。ももが最初に地元の子供たちと飛び込みをしにいく場面と、ラストシーン。オープニングも少しやっていますし、ラストカットの本がめくれるのもそうです。あとは、みかん畑でイノシシに追っかけられるくだりの前半。
── 前半というと、どこまで?
沖浦 ももと妖怪たちが別のモノラックに乗り換えて、イノシシが別の道に回って二手に分かれる、みたいなところまで。ホントはあのくだり全部、井上さんに描いてもらう予定だったんですけど、そこだけやっている場合じゃないということになって。
── 他のシーンの作監作業に回ってもらった?
沖浦 そうです。だから、追っかけの後半は別の人に原画をお願いして、作監で調整してもらいました。あとはどこだっけ?
松下 クライマックスの妖怪バリアーですね。
沖浦 そうそう、妖怪バリアーは井上さんがところどころ、ゼロから描いてくれました。妖怪がウワーッとももの頭上にバリアーを形成するところは、師匠が描いてくれています。
── ああ、あそこも本田さんが。
沖浦 ええ。ローアングルで妖怪たちが海坊主を担いで走っているカットも師匠です。あれも原画を見た時はびっくりしたね。
松下 凄かったですね(笑)。
沖浦 時間もそれなりにかかったけど、やってもらえて本当によかったです。
── あの魑魅魍魎にはキャラ表があったんですか?
沖浦 いや、僕が描いたラフが少しあるくらいですね。あってなきがごとしというか。
── 最初に妖怪たちが集まりだすくだりは、もう見たまんまですけど、大平晋也さんの原画ですか。
沖浦 そうです。大平君は冒頭の、雫が落ちてくるところもやっています。
── あ、そうなんですか!
沖浦 うん。あの雫も全部、作画なんです。
── なるほど。妖怪が集まってくるところは、凄い「妖怪感」が漂ってましたよね。
沖浦 (笑)。いや、素晴らしい原画でしたよ。
── 最近の大平さんは、劇場作品のスペシャルパートをまとめてやるという仕事が定着してますよね。主に人間以外のシーンですけど。
沖浦 そうなんですか。まあ、特に文句を言われず、ある程度好きにできるところでもありますからね。本人はそれをよしとは思ってないかもしれませんけど。
── 他に、妖怪を描くのが凄くうまかった「妖怪メーター」みたいな方はいたんですか?
沖浦 やっぱり師匠が特にうまかったけど、祠のところでマメが手紙を書いていて、土着の妖怪たちと友達になるようなところは、白石(亜由美)さんが描いています。
── そのあたりにも沖浦さんのラフが入ってるんですか。
沖浦 カットごとのラフは入れていませんが、最初に本編とは関係のない動きの参考……「土着妖怪はこのように動きます」という感じの参考原画をこちらで描いて、それを見てイメージを共有してもらうようにしました。綺麗に繋がっているわけではなくて、絶えずグニャグニャしている不定形な感じが出ればいいな、と。キャラクターは3コマがメインだけど、妖怪は2コマ打ちにする、みたいなことをやっています。あと、後半の妖怪バリアーのところで、バイクの背後や、バリアーの内側でグニャグニャしているところは、篠田(知宏)君という若手が頑張って描いてくれました。
松下 あと、向田さんも。
沖浦 ああ、そうだね。向田さんに描いてもらったのは、ラストのほうでスロープを形成してジャンプしたりとか、わりと大きな動きが多かったですね。さっき言った後ろでグニャグニャしてるような細かーいのは篠田君が描いてくれました。それを兼用素材として、いろいろなところに使ったり、変形させて貼り込んだりしています。妖怪バリアーのシーンは結構長いので、いろんな人に描いてもらいましたが、メインは篠田君、河島(裕樹)君、向田さんですね。
── 亀井幹太さんはどんな仕事をされていたんですか?
沖浦 妖怪バリアーをロングショットで映した時、あのグニャグニャを全部描くわけにはいかないので、貼り込みで処理しようという話になったんです。最初は「全部、作画で描くしかないだろう」と思ってたんだけど、井上さんの猛反対を受けて(笑)。まず、篠田君と河島君に作画のリピートの貼り込み素材を作ってもらったんです。で、その素材を、井上さんの作画(修正)した立体のワイヤーフレームみたいなものに適宜貼り込んでもらう作業を、亀井さんにやってもらいました。
── ああ、なるほど。
沖浦 作画的な動きの意図を汲みながら、任意の場所に素材を貼り込んでもらう。亀井さんはアニメーターなので、そのあたりの匙加減が分かっているから、トータルでコントロールできるだろうと。他の人だとなかなか難しいけれども。
── じゃあ、妖怪バリアーはかなりの一大事業だったんですね。
沖浦 そうですね。ただ、自分の作業としては、もう妖怪バリアーに関わっている場合じゃない状況だったもので……。
一同 (笑)。
沖浦 途中の段階はもう目の前を通過していくだけだったというか、見たんだか見てないんだかぐらいの感じで井上さんに回して……いや、見てはいたと思うんですけど、印象としてはラッシュチェック時に初めてじっくり見る、ぐらいの感じでした。
── 普通に芝居とか表情とかをチェックする作業で手一杯だった?
沖浦 ええ。それ以外のシーンの日常芝居に、ほぼ時間をとられちゃってましたね。

── 作画については、もう最初から時間をたっぷりかけて全員がやりたいように描いたのか、それとも本当はもっとタイトにやろうとしたのにズレ込んでいったのか、どちらなんでしょうか。
沖浦 あ、ズレていったんです(笑)。それでも最後はもう本当に間に合わないと思うくらい、だいぶタイトでした。
── 実際の作画期間は、どのくらいだったんですか。
松下 2007年の1月に設定が上がったので、2月からは作打ちをしていますね。そこから動画が上がって、最終的なラッシュチェックまでいったのが、去年の3月2日とか。3月9日ぐらいに、沖浦監督の作業は終わっていたので、期間としては2007年2月から、2011年の3月頭までですね。
沖浦 丸4年くらいか。
── じゃあ、当初のイメージでは作画期間は2年ぐらいだった?
沖浦 常識的に考えたら、そうでしょうね(笑)。でも、この物量の日常芝居を2年でこなすのは、ちょっと厳しい気がしますね。
── 沖浦さんが納得できるところまで追い込んでいくと、結果として4年かかってしまったと。
沖浦 いやいや、それでも泣いてるところもあると思いますよ。僕だけじゃなくて、それぞれの立場でも。
── あ、なるほど。「もっとやりたいのに」みたいな。
沖浦 というか「本当はもっとこうしておかなきゃいけないけど、もう諦めよう」というところは、絶対に出てくるものですから。ただ、それが画面上でもの凄く影響があるかというと、そこまでではなかったりしますしね。
── 4年間かかったとはいえ、別段ずっと淡々とやっていたわけでもないんですね。
沖浦 そうですね。最後の半年くらいは大変な状況でしたね。とはいえ、ひとつひとつの作業は淡々と進んでいくしかなかったりするんですが。例えば、いく子のスカートの動きとか、髪の揺れとかのラフは、結構俺が描いてたりしますから(笑)。そういう細かーいところに、どうしても時間が取られちゃう。
── そういう意味でいうと、今回は作画監督というクレジットはないけれども、画には相当手を入れられたんですね。
沖浦 いやあ、アニメーターになってから、こんなに画を描いた作品はなかったですよ。
── えっ、『人狼』より多いんですか?
沖浦 『人狼』は意外と止まっているシーンもありますし、アクションも多いですから。そうなると、監督チェックとしては、絡まないでいいカットも実は多くなるんです。例えば、大変な都電や(プロテクト)ギアは、原画さんと井上さんの力ですしね。でも、今回は本当に日常描写がメインだから、キャラクターの性格を体現する芝居というのは、実は的が狭いんですよね。そのコントロールという部分で『人狼』に比べて自分の作業量がかなり増えたんだと思います。

●第6回につづく

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(12.05.11)