細田守作品逆ロケハン戦記
第7回 遥かなる異国への訪問! 「海外」での戦い
どうかんやまきかく
前回の島根における戦いで調子に乗った筆者は、その勢いで海外進出を試みた。細田守作品で「海外」と言えば英国をロケハンしたという『ハウ……おっと! そうじゃなかった、100年前のヨーロッパを舞台とした『明日のナージャ』である。2003年放映開始のTVアニメで全50話。細田守は第5話、第12話および第26話と各話演出を3回担当したほか、WEBアニメスタイルによればオープニングとエンディングの演出も手がけている。その中でも今回は特に背景美術が印象的だった第26話「フランシスの向こう側」を取り上げたい。
スペインはグラナダに到着したナージャたち。そこでナージャが偶然再会したのは、「白バラの貴公子」と呼ばれる貴族の青年フランシス。そこに運命を感じるナージャ。でも黒服を着た彼の様子はいつもとちょっと違う。「でも……今日会って、今まで知らなかったいろんなあなたを知ることができて、あなたのこと……もっと好きになった……わたし、今日のあなたが好き……! 前より、ずっと好き……!!」
と、いった「好きな人とドキドキデート」みたいなシチュエーションは「逆ロケハン」にとってさしあたり重要ではない。重要なのは、「『勝手に暴走して盛り上がっている可哀想な子が、意外な状況に振り回される』っていう視点で描いたように思います」(『季刊エス』第13号)という演出家の発言ではなく背景美術である。
さて、今回の撮影場所は劇中でも語られているとおりアルハンブラ宮殿だ。世界遺産にも指定されているこの宮殿の場所は世界レベルで知られてるわけで、商店のような手がかりは必要ないし、信号機も自動車も飛行機も出てこない。現地に着いてしまえば楽勝だ! と高を括っていたのだがそれは甘過ぎた。まずはSHOT 19を見てほしい。ナージャがトマトを受けとった直後のカット〔83:25〕だ。ここは「アセキアの中庭」と呼ばれる庭で、アルハンブラ宮殿近くの「ヘネラリーフェ離宮」の中にある。
SHOT 19
なにか劇中にはないものが写っているような……そう、観光客である。ここは世界遺産だ。世界中から観光客が集まるのだ。誰もいない宮殿に……あなたとわたし、2人きり……! なんて劇中だけの話だったのだ。これまでの撮影場所は特に人通りが多いわけではなかったので、人がいなくなるのを待って撮影することができた。だが、ここは世界遺産であるがゆえに観光客が次から次へと訪れるので、人がいなくなるタイミングがほとんどないのである。
とはいえ、「劇中カットと可能な限り同じ構図」を信条とする「逆ロケハン」にとって、観光客は入れるべきではないだろう。これは後日再撮影すれば解決するものでもないし、日本には「旅の恥はかき捨て」という都合のいい格言もある。そこで筆者は恥を忍んで「逆ロケハンしてるからそこどいて!」と叫ぶ、つもりだったが思いとどまった。ここはスペインなので日本語は通じないだろうから、日本語よりスペイン語の方がいいと思ったからだ。
SHOT 20は中盤、ナージャがダンスを踊るシーン〔87:28〕から。撮影地点は宮殿内の「ライオンの中庭」。被写体の館は「二姉妹の間」と呼ばれている。
SHOT 20
またしても観光客が入ってしまった。いや、もちろん筆者はスペイン語で「Alejarse de allí!」と叫ぶつもりだったのだが、思いとどまったのだ。確かにここはスペインだから日本語よりスペイン語の方がよいのかもしれないが、観光客はむしろスペイン以外から来ている人の方が多いだろうからスペイン語よりも英語の方がよいと思ったからだ。
SHOT 21は終盤のふたりのキスシーン〔90:15〕から。撮影地点は宮殿内の「アラヤネスの中庭」。被写体の塔は「コマレスの塔」と呼ばれている。
SHOT 21
またしても観光客が入ってしまった。いや、もちろん筆者は英語で「Move away from there!」と叫ぶつもりだったのだが、思いとどまったのだ。確かに観光客はスペイン以外から来ている人の方が多いからスペイン語よりも英語の方がよいのかもしれないが、だからと言ってガイジンには英語で話せば通じるなどというのは日本人の偏見だと思ったからだ。そう、真の国際人は母国の文化に誇りを持つべきと言うではないか! やっぱり日本語にしよう!!
こうして筆者はどこの国の言葉も口にせずにアルハンブラ宮殿を後にしたわけだが、この宮殿を造った職人たちが話した言葉は英語でもなければ日本語でもなく、そしてスペイン語でもなかったとされている。この宮殿を造ったのは、劇中で黒服の男が語っていたように13世紀から15世紀にかけてこの地域を支配していたムスリム、つまりイスラム文化の担い手たちである。シリーズ中、観光番組のように紹介されるヨーロッパ文化とは異なる価値観を持つ文化だ。すなわち、この宮殿が象徴するものというのは、「ノブレス・オブリッジ」というあくまでヨーロッパ貴族社会の価値観の上に立つフランシスと、そんな価値観を共有する社会の枠組みそのものを疑う怪盗黒バラとの対比であろう。もっと言えば、女の子なら誰もが憧れるヨーロッパ文化、などというシリーズが前提とした普遍性に乏しい価値観に対する疑問符だったのでないか。そして、それを演出するのが細田守であるというところが本作の一番面白いところではないか──と思ってしまうのは、舞台挨拶で監督が着てくる服がいつも黒服であることとは何の関係もない。
第8回へつづく
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