細田守作品逆ロケハン戦記
第1回 逆ロケハン! それは「現実」との戦い
どうかんやまきかく
突然だが、この絵と写真を見てほしい。
SHOT 01
これは細田守監督によるアニメ映画『時をかける少女』のあるカットと、そのカットを「逆ロケハン」した写真である。「ロケハン」とは、ロケーション・ハンティングの略であり、映画・TV・写真などの作品を制作するにあたって、それに適した場所を探しに出かけることである。筆者らはアニメ作品について、その逆、つまり作品を鑑賞した上で劇中カットと可能な限り同じ構図の写真を撮るということをやってきた。これを筆者らは「逆ロケハン」と呼んでいる。
細田監督による2009年公開のアニメ映画『サマーウォーズ』のキャッチコピーは「これは新しい戦争だ」という。「新しい戦争」が意味するものはいろいろあるのだろうが、よく考えれば人生至るところに「新しい戦争」はひそんでいる。筆者らは、細田監督が演出した作品に対して「逆ロケハン」を遂行してきた。だがそれは筆者らが経験したことのない厳しい戦いの連続で、まさに「新しい戦争」だったのだ。本連載は、細田守作品の「逆ロケハン」という戦いの記録である。
こんな記録をわざわざ読もうという読者に今さら細田監督の説明が必要だとは思えないが、もし必要であればWEBアニメスタイルでかつて連載されていた「初心者のためのホソダマモル入門」を読むとよいかもしれない。
細田守の名を一躍有名にした作品が、『時をかける少女』であることに異論はないだろう。数々の賞を受賞し、単館系ながら異例のロングランを記録したことは記憶に新しい。ストーリーは主人公の紺野真琴と、彼女の男友達である間宮千昭、津田功介との関係を主軸に展開する。ある夏の日、真琴が時間を跳躍する力を手に入れてしまったがために、「いつまでも、ずっと3人一緒だと思ってた」関係に微妙な変化が訪れる……!
と、いった爽やか青春ドラマは「逆ロケハン」にとってさしあたり重要ではない。重要なのは胸キュンストーリーではなく背景美術である。SHOT 01で注目すべきは、この味わい深いクリーニング店、ただそれだけだ。このクリーニング店はどこにあるのか、どうやって行くのか、一年のうちの何月頃、一日のうちの何時頃、どんな天気の時に、どの位置から、どういうアングルで、どういったレンズで撮ればよいのか、そもそもなぜこのクリーニング店にしたのか、他のクリーニング店では駄目なのか、理容店では駄目なのか──そんなところに胸キュンだ。だからこそSHOT 02のように、ストーリーにまるで関係しないカットも胸キュンなのだ。
SHOT 02
本当に筆者がSHOT 02に胸キュンしたかはさておいて、SHOT 01とSHOT 02を通して劇中カットそのまんま、という「逆ロケハン」の醍醐味を味わってもらえれば幸いだ。ただこの味を出すのは意外と難しい。撮影場所さえ分かればすぐにでも出せそうな気がしてしまうが、実はそこからが本当の戦いなのである。戦う相手は「現実」だ。たとえば、SHOT 03を見てほしい。
SHOT 03
撮影場所は合っているように思えるが、どうにも味がよろしくない。木々の緑があまりに寂しいことになっているし、妙に気になる布団も干されてない。要するに「劇中カットそのまんま」になってないのである。これが「現実」だ。
最初に書いたとおり「逆ロケハン」とは「劇中カットと可能な限り同じ構図の写真を撮る」ことだ。他所様に迷惑をかけない範囲であらゆる手段を尽くさなければならない。ここでは葉が生い茂る季節まで待ったり、布団が干されてそうな天気のよい日を選んだりして再撮影する必要があるだろう。だが、たとえナイスの日だからといって劇中と同じボリュームで緑が生い茂る保証はないし、天気がよいからといって布団が同じ位置に干される保証もない。案外スタッフがロケハンしたときもこの写真と同様で、スタッフが緑や布団を勝手に追加したのかもしれない。いや、よく見るとそれら以外にも違いが多いことから、そもそも撮影場所が違うのかもしれない。だが、そんなことは劇中カットからは分からない。「現実」は厳しいのだ。
美味しい「逆ロケハン」写真を撮るには、こうした厳しい現実と戦い、勝利しなければならない。筆者らがどんな現実と戦い、どのように勝利し、どのように敗北したか。第2回からはその記録をテーマごとに報告したい。
第2回へつづく
●関連サイト
『サマーウォーズ』公式サイト
http://s-wars.jp/
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