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『スカイ・クロラ』公開記念
押井マニア、知ったかぶり講座!
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第3回 変奏される「虚構と現実」
さて、第2回最後にでも説明した通り、押井守作品を語る重要なキーワードの一つに「虚構と現実」というものがある。というわけで今回は押井作品において「虚構と現実」がどのように手を変え品を変え変奏されてきたかを見てみたいと思う。
「虚構と現実」の作品への取り入れ方は、大きく分けてふたつある。
ひとつは「虚構と現実」という構造が、物語の大オチに直接関係しているもの。
作品でいうと「紅い眼鏡」『迷宮物件 FILE538』「TalkingHead」「Avalon」がそれに当たる。いずれも「現実=真実」を追い求めることで物語が進行していき、その結果、主人公が信じていた「現実」が実は……という仕掛けの作品だ。オチそのもののサプライズもさることながら、そこへと至るプロセスをどう見せるかがポイントで、そういう意味では実はオチを知っても興趣はあまり削がれない。むしろ、そのほうが押井の凝らした仕掛けがよくわかっておもしろく見られるタイプの作品でもある。
第1回の表を見てもらえばわかる通り、これらの作品の「オシオシマーク」は3つと4つ。なぜそうしたかというと、押井ビギナーの人が、ここから押井作品に入ろうとすると、ごく一部の人はハマるだろうけれど、大半の人はラストのうっちゃり具合――現実が虚構だとわかった瞬間に幕が下りてしまう――で引いてしまうのではないかと思って、オシオシマークをちょっと低めにつけた次第。
要するにこの4本は割と“通好み”のラインナップなのだ。でもそれだけに、押井守の本質がダイレクトに出ている作品ともいえる。
では、オシオシマーク5つをつけた作品において「虚構と現実」はどう扱われているだろうか。
実は、すべての「原点」である『ビューティフル・ドリーマー』をのぞけば、こちらでは「現実と虚構」は前面に出てこない。そのかわり物語の底流に潜み、作品に奥行きを与える役割を果たしている。これもまた「虚構と現実」の作品への取り込み方のひとつといえる。その分、ダイレクトに「虚構と現実」を扱った作品よりも、ぐっと見やすい作品になっている。
各作品を具体的に見てみよう。
『機動警察パトレイバー[劇場版]』は、コンピュータ犯罪が題材。最新OSに仕組まれたコンピュータウィルスによって暴走するレイバー。暴走のトリガーとなる条件は何か? そしてこのウィルスを仕込み自殺した天才プログラマー、帆場英一とは何者なのか。
映画は、第2小隊の遊馬がウィルスの存在に気づき暴走のトリガーを探る展開と、松井刑事が帆場の生涯を洗っていく課程を、平行して描いていく。
「虚構と現実」にかかわってくるのは、この帆場英一のほう。帆場は、コンピュータに残る自分のあらゆる履歴を抹消していたという設定。松井刑事は、唯一残されていた転居記録を手がかりに、帆場の足跡を追う。
帆場の足取りを追いながら、廃墟と化した東京のいろいろな町を歩いた松井刑事はこんな感想を漏らす。
「それにしても奇妙な街だなここは。あいつの過去をおっかけてるうちに、何かこう時の流れに取り残されたような、そんな気分になっちまって。ついこの間まで見慣れてた風景があっちで朽ち果て、こっちで廃墟になり、ちょっと目を離すときれいさっぱり消えちまってる。それにどんな意味があるのか考えるよりも速くだ」
ここで松井刑事が言いたいのは、目の前にある「現実」が「虚構」に見えてしまう、という感覚のことだ。そして帆場もそのように東京という街を見ていたのではないか、ということが示唆される。
ちなみに押井が当初考えていたアイデアには、最終的に帆場は子供の頃に死んでいたことがわかり、プログラムをつくっていた男は一体何者だったのかわからなくなる、というものもあったという。このアイデアはエンターテインメント性を考えてオミットされたが、こちらのほうが「虚構と現実」のテーマが前面に出て、(よくも悪くも)押井テイストが濃い映画になったのは間違いない。
この「目の前の都市の風景が虚構に見える」という感覚は、続く『機動警察パトレイバー2 the Movie』でさらに拡大されて、「戦後日本の平和とは、虚構ではなかったのか」という問題意識に変奏される。
物語は、一発の巡航ミサイルがベイブリッジを攻撃するところから始まる。これこそ戦争を知らない日本人の欺瞞を暴くため、柘植行人という男が演出する「架空の戦争」の始まりだった。
ラスト間際、埋め立て地から遠く都心を望む柘植はこういう。
「ここからだと、あの街が蜃気楼のように見える。そう思わないか」
「3年前、この街に戻ってから俺もその幻の中で生きてきた。そして、それが幻であることを知らせようとしたが、結局最初の砲声が轟くまで誰も気づきはしなかった。いや、もしかしたら今も」
かつてPKOに参加し、そこで部下を死なせてしまった柘植にとって今の日本が生きる平和は「虚構」以外のなにものでもなかったのだ。
では『GHOST IN THE SELL[攻殻機動隊]』はどうなるか。ほとんどの人間がコンピュータを脳に埋め込んでいる電脳化社会という設定を背景に、「虚構と現実」は「実存の不安=今の私は本当の私なのだろうか」というかたちで表現されることになる。
印象的なのは、だまされて政府要人をハッキングすることになった清掃局員のエピソード。彼は、離婚を切り出された妻の本音を知るために、非合法のソフトウェアを使ってハッキングを行っている――と思いこまされている。だが実は彼は結婚などしておらず、持ち歩いている“家族写真”にも家族など写っていなかった。彼のゴースト(魂のようなもの)がハックされ、偽の記憶を植えつけられていたのである。
これは士郎正宗の原作にもあるエピソードだが、このエピソードはいかにも押井作品らしいテイストだ(脚本は伊藤和典)。真実が清掃局員に明かされるくだりなど、押井守は自家薬籠中の語り口で見せている。
そしてこの清掃局員のエピソードと呼応するように、主人公の草薙素子もまた、「実存の不安」を抱えている様子が描かれる。
彼女は、全身をサイボーグ化し、脳だけが唯一の生身である。だから街を行けば、彼女と同じ義体を使っている人間とすれ違うこともある。またダイビングをする場面で、彼女が水面にうつった自らの鏡像へと接近していく場面も象徴的だ。画面では、素子が水面に触れるまでどちらが鏡像かわからないようにそっくりに描かれている。
その後彼女は、、ネットで生まれた生命体を自称する「人形遣い」と出会い、自分という枠そのものを捨てて、上部構造へとシフトすることで、「実存の不安」から脱していくことになる。
だいぶ長くなってしまったが、最後に『天使のたまご』に触れておこう。
『天使のたまご』は、本格的な幻想譚。つまり舞台の虚構性が強いため、「虚構と現実」というモチーフは、前出の作品たちほどには目立たない。とはいえ細部を見ていけば、「虚構と現実」に通じる要素はしっかり潜んでいる。
たとえば。街を訪れた少女が建物の窓を見つめ、カメラを切り返して窓側からも少女を捉えるカット。これなどは、押井作品にしばしば登場する「誰かに見られている」感覚を表現したカットだ。この「誰かに見られている感覚」は、「現実の外側にある存在」を意識させ、それはそのまま「現実が実は虚構である」という感覚に通じている。
たとえば『ビューティフル・ドリーマー』には、風鈴屋とすれちがったしのぶを、謎の人物が2階の窓から見下ろしているカットがある。少女と街の窓の関係は、そのカットのバリエーションといえる。
あるいは作品のラスト、カメラが遠く上空へと離れていくと、少女と少年がいた「世界そのもの」が次第に姿を現す。このラストカットも、『ビューティフル・ドリーマー』で、友引町が実は亀の甲羅の上に乗っていた、とわかるシーンと同様のサプライズが仕掛けられ、「現実」と思っていたものが別の姿を現す瞬間と捉えている。
以上、「虚構と現実」をキーワードに押井の代表作を振り返ってみた。次回は、この最後に挙げた『天使のたまご』を取り上げて、押井にとっていかに大きな転機だったかを振り返ることにしたい。
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●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/
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