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■押井マニア
知ったかぶり講座!
 

『スカイ・クロラ』公開記念
押井マニア、知ったかぶり講座!

藤津亮太  

第9回 幻の映画その2 『G.R.M.』という幻の企画の意味

 押井守監督の、もう一つの幻の映画。それが『G.R.M.』だ。
 前回紹介した「押井ルパン」は、後に生かされるさまざまなモチーフを孕んだ、いわば“ゆりかご”だった。一方『G.R.M.』は、押井の「(デジタル化によって)すべての映画はアニメになる」という持論の原点ともいうべき企画で、この企画以降押井は「実写/アニメ」「2Dキャラ/3DCG」といった素材の境界を意識的に往還する作品を手がけていくようになる。

 まず企画の概要をおさらいしよう。
 『G.R.M.』は、バンダイビジュアルとバンダイが主導し、デジタル技術を中心に据えた映画作り「デジタルエンジン構想」の中の1本として、1998年10月に企画発表された。ちなみにデジタルエンジン構想第1弾は大友克洋監督の『STEAM BOY』で、こちらも『G.R.M.』とともに企画発表された。
 物語の舞台は、謎の生命体〈セル〉の攻撃にさらされ、滅亡の危機にある惑星ANNWN(アンヌーン)。マスクをかぶり甲冑を身にまとったアンヌーンの戦士たちG.R.M.(ガルム)は、1世紀に1度大攻勢をかけてくる〈セル〉とはるかなる太古から戦い続けてきた。だがしかし、〈セル〉とは何者なのか。〈ドルイド〉の末裔・少女ナシャンと、情報呪術部族の士官ウィドは、〈セル〉の謎に迫っていく……。
 物語的にも興味深いが、それ以上に驚きなのは、その映像スタイルだ。なんと『G.R.M.』では、CG、特撮、ライブアクション、アニメ、それらを統合したスタイルを採用する予定だったのだ。スタッフは、特技監督に樋口真嗣、デジタル監督に林弘幸、脚本に伊藤和典、音楽に川井憲次といった布陣だった。
 2000年公開を目指して準備が進んでいたが、高額になった制作費を調達するめどが立たず、アニメ版と実写版のパイロットフィルムを残して計画は終了した。

 『G.R.M.』について、押井が記した「この映画の目指すもの」という一文がある。この一文はずばり「映画という形式に[別世界]の実現を希う観客の願望の実現」と、この映画の狙いが「別世界の構築」にあることを謳っている。
 そしてそのスタイルについては「徹頭徹尾アニメの方法論によって貫徹された実写作品であると同時に、実写映像作品を含むありとあらゆる素材を駆使して構成されたアニメ作品であるだろう」と断言。「確実に時代はその『映画』を望んでおり、望まれた以上その『映画』は確実に登場するはずである」という言葉に、押井がそれまで培ったノウハウを最大限に活用し、まったく新しい映画を作るんだ、という気迫が滲んでいる。
 ここに書かれた「アニメの方法論による実写」あるいは「実写を含む素材で構成されたアニメ」という部分こそ、後に“キャッチフレーズ化”される「すべての映画はアニメになる」というフレーズの原点に当たるのだ。

 では『G.R.M.』では、実際どこまでそのコンセプトを徹底するつもりだったのだろうか。
 たとえば第7回で触れた実写映画『Avalon』。これは『G.R.M.』が頓挫した後、「その代わりになにか撮らせてほしい」と押井が交渉し実現した企画だが、これについて押井は「『G.R.M.』の機能限定版」と表現している。実写を素材にして、アニメのように仕上げるという部分は『G.R.M.』を継承しているが、『G.R.M.』でやるつもりだったミニチュアを使った特撮も、役者のコントロールもやっていない、と。
 『G.R.M.』は宙に浮く巨大戦艦が登場するので、ミニチュア特撮というのはわかるが、役者のコントロールというのはどういうものを想定していたのか。
 そもそも『G.R.M.』では、役者はすべて甲冑を着て、マスクを着用して登場する予定だった。しかし、甲冑を着ると動きに制約が生まれ紋切り型になりがちだ。そこで押井は、絵になる様式化された動きを獲得するため、舞踏家に実際に甲冑を着てもらい撮影を行った。押井はこの撮影に手応えを感じたという。
 これはつまり、さまざまな素材を寄せ集めて、1人のキャラクターを仮構する、という行為だ。変身後は別人が着ぐるみに入る、というのは特撮ヒーローものではおなじみのスタイルではあるが、それをもう一歩進めて「変身」というコンセプト抜きにやってみようという試みということができる。
 『G.R.M.』という作品のキャラクターがこのようなコンセプトである以上、演技やアクションもまた演出上の必要に応じて、さまざまな加工を加える予定だったのだろう。そのひとつのヒントになる場面が『Avalon』にある。
 『Avalon』のラストで、ゴーストと呼ばれる少女がしずかに顔を上げてほほえむシーンがある。実はこの場面、俳優の女の子がじんわりと顔を上げるという演技がうまくできなかったという。そこで、この「しずかに顔をあげる」というカットは、モーフィングによる加工によって作り出されることになった。結果、実際に人間の首が動くのとは違って非常に不気味な雰囲気を醸し出していた。
 『G.R.M.』でも、このようなアプローチが試みられた可能性はあると思う。

 『G.R.M.』でもうひとつ特徴的なのは、画調(ルック)を徹底的にコントロールすること。
 2000年の第13回東京国際映画祭で「押井守のデジタル世界 〜『攻殻機動隊』から『アヴァロン』へ」というシンポジウムが行われたとき、『G.R.M.』のパイロットフィルムが上映された。その時、押井がこだわっていたのが『G.R.M.』の「色」だった。最初の上映時には、上映機器の不具合で色が上手く出なかっため「非常にショックです」とステージ上で語ったほどだから、そのこだわりが伝わるだろう。
 そのシンポジウムの発言を要約すると、次のようになる。

 どのような色遣いをすれば、存在しない世界にリアリティを与えられるか、ということが映画作りの課題としてある。色というのは、絶えず変化するもの。変化しないのはアニメだけ。つまり色というのは空気であり、その世界にある光のこと。それをどうすれば獲得できるのか。実写であれば、撮影すればそこに自然の光が入ってくる。それに相当するものをどうつくればいいか。結局、出した結論は、照明の光も太陽の光も素材を撮影する段階では使うけれど、最終的には、机の上(コンピュータ)の中で決めるべきだろうと、自分では結論を出した。

 この姿勢は、ドミノというシステムを使い画調を全編にわたってコントロールする『Avalon』と『INNOCENCE』へと直結している。これは、まったく架空の世界を作り出すことを目標とした『G.R.M.』でのトライアル&エラーがあればこそのアプローチなのだ。

 このように『G.R.M.』で押井が考えたことは、その後の押井の作品にに少なからず影響を与えている。
 あえていうと、それは『G.R.M.』が押井にとって究極の映画だからではないか。「押井ルパン」が、さまざまなアイデアを孕んだスタート地点だとすれば、『G.R.M.』は押井の監督としての目標地点なのだ。
 押井はオムニバス映画『真・女立喰師列伝』の中の1本「ASSAULT GIRL ケンタッキーの日菜子」を監督している。これは、佐伯日菜子が甲冑とマスクをつけ、巨大降下猟兵「天人」に乗って大気圏突入するという内容。この作品を見て幻の『G.R.M.』を思い出したファンは多かったようだ。
 そう、押井の中ではまだ『G.R.M.』は生きているのである。


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●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
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(08.09.01)

 
 
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