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■押井マニア
知ったかぶり講座!
 

『スカイ・クロラ』公開記念
押井マニア、知ったかぶり講座!

藤津亮太  

第4回 ひとつの転機となった『天使のたまご』

 アナタは『天使のたまご』を見たことはあるだろうか。見たことがない人は是非見たほうがいい。ただし、眠くない時に。
 石の冷たさをたたえた美術に、髪の毛の1本1本まで神経の行き届いた作画、そして荘厳な音楽。『天使のたまご』は20余年を経た今も、美しい緊張感を保ち続けている。だが80分の間、その緊張感につきあい続けるには気力が必要だ。疲れている時だと……Zzzzzzとなってしまう可能性は大きい。
 と、そんな『天使のたまご』は、押井守監督にとって大きな転機となった作品だ。
 理由はふたつ。
 ひとつは、この仕事の後、押井は、2〜3年ほど“不遇”の時代を迎えることになる。
 ひとことでいうと、押井は『天使のたまご』のような作品に手応えを感じていたが、なかなか企画を成立させることができない状況が続いたのだ。インタビューを読むと、本人はこの時期を決して“不遇”とは思っていないようだが、それにしても仕事はこなかった、と振り返っている。
 ちなみに『天使のたまご』から『PATLABOR MOBILE POLICE』の3年間にほかにやった仕事というと「紅い眼鏡」(実写)と『迷宮物件 FILE538』。どちらも押井濃度はかなり高めだが、ポピュラリティが高いかといえば……。
 この時期を押井はこんなふうに振り返っている。
 「あの頃、自分の予想としては、まさかもう一回メジャーな場に出ることは、もうないだろうと(笑)。『うる星』で、一応メジャーらしい、そういう意味では脚光を浴びさせてもらったんだけれど、やっぱり肌に合わなかった。自分としては、「紅い眼鏡」とか『迷宮物件』をやっている時の方が、非常にすっきりしてた。(中略)もちろん、その間、企画はやってたよ、膨大にやってたんだけど、全部、あれもだめ、これもだめで」
 でも、この不遇がなければ、まさかロボットアニメの『PATLABOR MOBILE POLICE』を押井が引き受けるなんてこともなかった……かもしれない。と、そんな状況のきっかけが『天使のたまご』だったわけだ。

 さて、もうひとつの転機となったのは、美術監督の小林七郎とがっぷり四つで組んだこと。押井は小林と『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』で組んでいるが、押井に与えた影響はこちらのほうが大きかった。
 これも本人の発言を引いてみよう。
 「美術の(小林)七郎さんは、大変な人だったね。アニメーターの描いたレイアウトを見て、ここが違う、あれが違うとか言って、全部消しちゃうわけ。その場で直しているのを、僕はずっとそばで見ているわけ。どこが違うのか。『ここを延長すると、こういう風に矛盾が出る。頭が二階の上に来ちゃうだろう』とか。
 僕は、レイアウトの基本的な見かたっていうのを、七郎さんに習った。図らずも、レイアウトって面白いもんだっていうことが、その時に初めて分かったわけ。漠然と、もしかしたらレイアウトっていうのは、アニメーションにとって一番大切なものかもしれないな、っていう予感みたいなものがして。その時の記憶をそのまま『パトレイバー』に持ち込んだから」

 後に『機動警察パトレイバー2 the Movie』のレイアウトはまとめられ、『Methods 押井守「パトレイバー2」演出ノート』(角川書店)という1冊の本になる。同作のレイアウトを収め、そこに押井のコメントが添えられたこの本は、アニメ業界でも広く活用され、制作工程の中でレイアウトに重きを置くスタイルが浸透・拡散するきっかけともなった。
 その原点が『天使のたまご』にあったのだ。

 ところでレイアウトって何? というあなたに簡単な説明だけしておこう。
 レイアウトというのは、そのカットの背景とキャラクターをまとめて1枚の絵に描いたもの。描くのは基本的にアニメーター。これがその後の背景、作画の作業のベースとなる。
 じゃあ、なんでレイアウトが重要なのか。
 そこについては『機動警察パトレイバー2 the Movie』を紹介する時に詳しく触れる。ここでは、レイアウトというものがあるんだ、ということぐらい覚えていてもらえれば、と思う。
 今回はわりと押井監督の言葉を引用したので、最後も『天使のたまご』について語った発言の引用で締めくくろう。
 「すごく個人的な作品であることは間違いないね。自分が抱えてきた原風景みたいなものだね。おそらく。そういうものが全部入っている。廃墟であり、水であり、魚であり鳥であり、一種の宗教的な何かであり、終末であり……それ以降の仕事の原点になった作品であることは間違いない。自分にとっては神話なんだ。自分にとっての起源を探るみたいな映画。作者イコール作品ではなくて、作者も観客の一部で、作りながら、自分の一種の夢の分析をしつつ、その映画を理解していくっていう風なものでいいんじゃないか。それができるのは映画だけだ、っていう思いがあった」
 というわけで、次回はここでも語られた「魚」と「鳥」と「犬」にスポットを当てたいと思う。

※引用はいずれも『イノセンス 押井守の世界 PERSONA増補改訂版』(徳間書店)より


天使のたまご
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カラー/71分/ドルビーステレオ/片面1層/ワイド/スクィーズ(LB)
価格/6090円(税込)
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●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/

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(08.07.28)

 
 
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