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■押井マニア
知ったかぶり講座!
 

『スカイ・クロラ』公開記念
押井マニア、知ったかぶり講座!

藤津亮太  

第10回 「セカイのオシイ」の作り方

 この原稿が掲載されるころには第65回ヴェネチア国際映画祭はもう閉幕しているが、果たしてコンペの結果はどうだっただろうか。
 ご存じのとおり今回、日本からは押井守監督の『スカイ・クロラ』に加え、宮崎駿監督の『崖の上のポニョ』、北野武監督の「アキレスと亀」の3作品がエントリーされている。日本映画がヴェネチア映画祭で3作品もコンペに選出されるというのは異例という。
 ヴェネチア映画祭ディレクター、M・ミューラーは、どうして日本映画はこの3作なのかについてインタビューで答えている。
 『スカイ・クロラ』と押井については、「オシイは“もう1人のアニメの巨匠”ではない。個人的にも、あの“ピーターパン魂”に反応せずにはいられなかった」と触れている。
 要約のせいかちょっと意味が取りづらいコメントだが、要は「オシイ・マモルの名前はすでに広く知られている」「『スカイ・クロラ』にはある種の魅力がある」ということだろう。

 さて振り返るに、押井が「国際的に評価の高い監督」を得るようになったのはいつごろだろうか。
 1995年の『GHOST IN THE SHELL』の劇場公開時、観客動員数は12万人で、配給収入はその年の20位(20位の作品の配給収入は4億3000万円)にも入っていない。アニメの興行としてはほどほどの成績だ。
 この『GHOST IN THE SHELL』が一躍メディアで注目を集めるようになったのは1996年8月のこと。米国の「ビルボード」誌のホームビデオ部門で『GHOST IN THE SHELL』が1位になったのだ。坂本九の「上を向いて歩こう」以来、33年ぶりのビルボード1位は話題となり、押井は1996年のマルチメディアグランプリ(通産省など主催)でMMCA会長賞(人物表彰の中では最高の賞)を受賞している。
 『GHOST IN THE SHELL』が注目を集める前後から、アメリカやヨーロッパにおける日本のアニメの人気に、マスコミが注目するようになっていた。そのような状況の中、『GHOST IN THE SHELL』と押井は「欧米でのアニメ人気」の代表、といったポジションを担うことになった。このような流れから1997年の「教育白書」(文部省[当時])には、メディア芸術の振興の中でアニメの充実にも触れるようになっている。
 さらにこの流れを後押ししたのが1999年公開の映画「マトリックス」(監督:ウォシャオスキー兄弟)だ。仮想現実へジャック・インするための首後ろのプラグ、文字をあしらったタイトルバックなど、『GHOST IN THE SHELL』を思わせる細部の多いこの映画だが、ウォシャオスキー兄弟自身も、『『攻殻機動隊』を好きな映画として挙げている。
 ミュージシャンズ・ミュージシャンという言葉がある。世間的にはマイナーだが、多くのミュージシャンから尊敬され、彼らに影響を与えているミュージシャンのことである。おそらく『GHOST IN THE SHELL』と押井は、そのような存在として、(よくも悪くも)斬新なイメージにどん欲なハリウッドへと浸透していったのではないだろうか。

 第1回でも触れたが、押井が紹介されるたびにいつも「セカイの」という枕詞がついてしまうのは、つまり、国内での押井の評価が先述のような「海外からの逆輸入」をベースにしているからにほかならない。
 それは極論してしまえば、「日本の世間にとってはまだ押井は発見されていない」ということでもある。そして『INNOCENCE』と『スカイ・クロラ』のプロモーションは、その部分こそが最大の焦点だった。「セカイのオシイ」は果たして「ニホンのオシイ」になりうるのか。そこが両作関係者のミッションだったというわけだ。
 その試みが成功したかどうかはわからないが、今年の『スカイ・クロラ』(と『攻殻2.0』)では、劇場でずいぶんとカップルや女性の観客を見かけた。かつてはそんな事態は想像だにできなかったわけだから、やはり時代は少しずつ動いているのかも、しれない。
 押井は、これから定期的に長編アニメを制作したいと抱負を語っている。その過程で、押井が自らの映画を獲得するだけでなく、それに併せて、新しい事態が起きる可能性もまたあるのだと思う。それはそれでとても楽しみなことだ。

 さて、10回にわたってだらだらと続いてきた本連載も今回で最終回。押井監督は、関連書籍も多く発言も多い。それらを読み込んで、つなぎ合わせるだけで(別に持論など展開しなくとも)、かなり立体的な押井像が描けるのだ。押井守ビギナーのアナタにとって、この連載が押井作品の深い森へと踏み込むためのガイドになれば幸いに思う。それは映画やアニメの深部へ潜っていくということでもある。ご愛読ありがとうございました。


押井 守 INTRODUCTION-BOX
BCBA-3308
カラー/558分/ドルビーデジタル(5.1ch・ドルビーサラウンド・ステレオ)/片面1層×2枚+片面2層×4枚/スタンダード・16:9(スクイーズ)/ビスタサイズ
DISC-1:「ダロス」120分
DISC-2:「迷宮物件 FILE538」30分
DISC-3:「機動警察パトレイバー 劇場版」104分
DISC-4:「機動警察パトレイバー2 the Movie」118分
DISC-5:「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」123分
DISC-6:「特典ディスク」約63分
価格/12600円(税込)
発売元/バンダイビジュアル
販売元/バンダイビジュアル
発売中
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●関連サイト
『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』公式サイト
http://sky.crawlers.jp/

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[書籍情報]
「ANIMESTYLE ARCHIVE スカイ・クロラ The Sky Crawlers 絵コンテ」
著者 押井守
編者 アニメスタイル編集部
発行:株式会社スタイル
発売:株式会社飛鳥新社
判型:A5判
頁数:408頁
価格:2940円(税込)
[Amazon]

(08.09.08)

 
 
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