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第3回 
「どろろについて」(どろろ Complete BOX)
なかむらたかし(アニメーター・演出家)   

 TVアニメ『どろろ』は、36年前、1969年に作られた作品である。手塚治虫の漫画原作、「どろろ」は当時も、それ以降もまともに読んだ事がなく、後年本屋で立ち読みした程度である。
 妖怪時代劇漫画として考えられ、当時はすでに白土三平のカムイ外伝や、水木しげるの妖怪モノがTVにも登場し、それを追うようにして『どろろ』は制作された。それにしてもTVアニメ『どろろ』の、未だに色褪せぬ魅力とは何であろう。この物語の独特の性格、つまり、深い寓意性と象徴性がその内面に漂っている為だろうか。天下を狙い野望成就のために自らの子を魔神に差し出す武将。そして身体の四十八カ所を奪われこの世に生まれ落ち、人間に非ずモノとして親からも捨て去られる主人公。あまりにも過酷で残酷な運命を背負わされた百鬼丸。失われた体を取り戻す為、四十八体の妖怪と戦わねばならず、その取り憑かれた主人公の鬼気迫る彷徨は、人間世界とは別な、闇の中を歩まねばならなかった。それ故、共に旅するどろろに「兄貴こそ、妖怪じゃねぇか! 血も涙もない妖怪と一緒だ!」と罵られる。親への愛情を知るどろろの言葉は、自分の体を手に入れる事のみに駆られた百鬼丸の焦燥と苦悩をえぐり出す。
 この斬新なストーリーを考えた当の手塚治虫氏はどうやら自らの漫画の中で、百鬼丸の人生を描き切らなかったと言う。その漫画原作の「どろろ」に、アニメ制作のスタッフ達は懸命に血と骨を練り込んだ。たかが子供向けアニメであっても、肉声と音楽と空間とを背負う映像表現である以上、当然と言えばそれまでだがTVアニメがスタートしてたかだか7年で、漫画からの単純な紙芝居化に留まろうとしなかった姿勢は驚きに値する。アニメ『どろろ』の作品的力は妖怪退治では勿論無く、一にも二にも百鬼丸の内的捉え方と、その抑制された表現にある。当時、すでにカラー作品が制作される中、血の表現の為にあえてモノクロにしたおかげで、室町末期の妖怪が跋扈する闇が強調され、また冨田勲の重厚な音楽が『どろろ』の世界観に見事にはまり、映画的空間を生み出していた。人間に戻る為に妖怪を殺していくその途上母親に出会う。このエピソードの三話に渡る百鬼丸の演出的芝居表現は、他に類を見ない程にリアリティが在り、作画や見せ方の稚拙さを凌駕する程に説得的である。さらに皮肉な名の弟、多宝丸との関係、そして最終話、この物語の真の魔神、父親醍醐景光と最後に対峙する。父殺しによって得た対価は百鬼丸が望んだ人間回復では無く、自己喪失と人間世界からの遊離、もしくは逃亡。人間に起こりうる事象を暗示的に妥協無く表出させた。百鬼丸という奇抜な人物設定を取り上げた以上、たとえ子供向けアニメであっても人間の造り出す創作物であるのなら、誠実に真剣に登場人物を見つめざるを得ない。だがしかし、TVアニメ『どろろ』はその監督の制作意図に関わらず、スポンサーと原作者自らの指示で、あの魅力的で抜群のセンスで描かれたオープニングがまず変更され、そして内容も方向転換させられた。何という愚行か。変更によって何を得られたのか。視聴率は上がったのか、子供達はそれを受け入れたのか判らない。少なくとも当時9才だった私の家内は、その変更に敏感に反応し、独特の世界に惹き付けられた前半部、そして途端にありきたりのアニメに成り下がった後半部の事を今でも口にする。26話を最初からの意図で貫き、醍醐景光の魔神に変貌していく姿と、百鬼丸の葛藤がさらに克明に描かれていたならばと、残念でならない。だがそれでも、すでに前半で創られたモノクロの画面と音楽によって、どれほど後半部を変えようが、物語が背負った重い情念は拭いきれないと新たに見直して感じる。
 アニメで描かれる突飛な世界は、見る者から絵空事として距離を置かれ実生活に近づかない。それを皮膚感覚に近づけようと生きた動きと演出で努力する。TVシリーズのアニメであっても、キャラクターに入り込み人間を深く見つめ映画的映像表現を試みようとしたこの『どろろ』には、未だに太刀打ちの出来ない力強さを感じてならないと思うのは、言い過ぎだろうか。TVアニメ史を振り返ると、ポツリと一点、異質な闇と光をTVアニメ『どろろ』は放っている。私自身の妄想として、無謀にも再映画化を試みたいと夢を見る。

2005年・9月21日
なかむらたかし

●商品情報
「どろろ Complete BOX」
価格:9975円(税込)
仕様:モノクロ/5枚組(全26話収録)
発売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
好評発売中
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