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第9回
「記憶確認と研究材料の宝庫」(鉄腕アトム Complete BOX2)
氷川竜介(アニメ評論家)  

●音楽的なアトムのフィルム
 日本最初の毎週30分テレビシリーズ、虫プロ版『鉄腕アトム』には製作にまつわるさまざまな逸話があり、後世にも大きな影響を残している。だが、手塚マンガの原作主体の文脈やリミテッドアニメの応用の話が常に先に来ることが比較的多いように思う。それが今回のグッドプライスな商品化で、適正な「アニメフィルムとしての評価」のチャンスが得られたなと、まず感じた。
 この原稿を書いている少し前の9月初旬、残暑厳しいなかでセミの声が響いていた。その「オーシーツクツク」という音を聞くと、脳内では自動的に「チュクイーチク チュクイーチク」という『鉄腕アトム』の電子音に変換されてしまう。たとえばこのように、筆者的なフィルムの印象としては、いまだに音がまず非常に大きなウエイトを占めていると思う。まずは、そんな点から語り始めてみたい。
 『アトム』の音響は、現代音楽家の大野松雄が効果音を担当している。効果音専業ではなく、音楽家ということが、『アトム』の当時的な新しさに大きく寄与していた。
 当時はシンセサイザーがまだ開発されていない時期である。そんな電子音楽の夜明け前に大野松雄が未来的な「音」を演出するためにとった方法とは、一般に「ミュージック・コンクレート」と言われる手法であった。これはフランス語で「具体音楽」を意味するもので、録音した現実音にさまざまな手段で「電子的に加工」をして作品化することである。電子工学では初級編で「負帰還回路」と呼ばれるものを習う。カラオケなどで使われるエコーもその応用だが、信号をフィードバックさせることで発振音を発生させるものである。これによって生成されたサイン波や、楽器や生音をループバックさせて音質を変えたものが、「人工的な音」として聞こえるようになる。
 しかし『アトム』の音響が凄いのは、そうした機械だけに頼らず、人間の耳と手を駆使してつくりあげた点である。有名なアトムの「チュッピッ チュッピッ」という足音は、当時のカッパコミックスにメイキング記事が出ていた記憶があるが、マンドリンの弦による響きを録音し、6ミリテープのオープンリールを手で回したり止めたりすることで加工している。筆者が70年代末、アナログレコード時代にアルバム構成者として録音エンジニアの作業に立ち合ったとき、実際にそのようにヘッドにこすりながら音楽の頭のキッカケを探す光景に遭遇した。手で回すことによって、音色にゆらぎのある形で「フニッ」と音が立ち上がったり立ち下がったりする。普通の人ならノイズとして気にも留めないはずの、こうした音の変化が作品となり効果になるという、アトム音誕生の瞬間と担当者の感性の鋭さが、そこから想像できて感動した。
 『アトム』では、さらにこうして加工音に対して切断編集に切断編集を重ね、独特のリズムと抑揚と間のある効果音をつくり出している。しかも、手塚式リミテッドアニメにこれが実にマッチしているのが、改めてDVDを再見するとよくわかる。
 当時の新聞などでは「『アトム』は電気紙芝居である」と酷評されたという。実際、たしかにアニメーションとしては動きのあるところとないところの差が激しすぎる。だが、その逆にマンガのように断続性の強いカット割りの激しさは、ショックとドラスティックさを生み出し、『アトム』の映像ならではの独特な強弱の律動を生む。これに大野松雄の音がつくことによって、さらに一種の韻律が与えられて、威勢良くハイテンポでリズミカルなフィルムに化けていったのではないか。
 今回映像を見るときに、わざと音を消したりつけたりして見比べてみた。会話シーンなどではバックグラウンド音は機械音など特徴のあるもの以外、ついていないことが多い。しかし事件が発生すると、少年が走る「テンッテッスッテ テンッテッスッテ」、警官が追う「ボンボボッボ ボンボボッボ」、さらに走る「カラコロカラコロ カラコロカラコロ」、追う「ボンボボッボ……」みたいな感じでカットが往還するのに同期して、実にリズミカルな音楽的と言って良い音がつきまくる。
 つまり、カットバックの繰り返しと効果音だけで、すでにしてフィルム全体が音楽のように変質し、独特の味わいのある作品として屹立してくるように思えたのである。
 ロボットが登場するときには「キッシーーーン! シャンシャンシャン」とアクセント音がつき、アトムが戦えば「ボーーン! ベーーン! ビーーーン!」と「ドレミ」三音が鳴るというのが、実は『鉄腕アトム』という作品のアイデンティティ、懐かしい記憶の非常に大きな部分を占めている。大野サウンドについては、サウンド単品は近年、アルバム「大野松雄の音響世界(1) 鉄腕アトム・音の世界/大和路/Yuragi」(キングレコード)として復刻され、容易に楽しめるようになったが、さらに映像とマッチした状態での一種の完成形がこのDVDでは存分に堪能できる。
 昨今のリアルな時空間にこだわり過ぎ気味のアニメ作品とは、まったく別のリズムと志向性をもったのが、『アトム』のフィルムというわけだ。アバンギャルドで脳天をかき乱されるような音と映像の激しい遷移と、そこから感じられる原初的な(現在では許されないような)エモーションを、音に身を委ねながら存分に楽しんで欲しい。

●もうひとつの「ミドロが沼」復刻
 さて、さらに本DVDの楽しみどころを語っていこう。
 今回のDVD化における最大の収穫は、世間的にはスタジオ・ゼロの、後の巨匠漫画家たちが共同作画した「ミドロが沼の巻」が復刻されたことで、何度かニュースになったとおりである。しかし、個人的には「もうひとつのミドロが沼」の方が、もっと一大事であった。
 当時、リアルタイムで観ていた『鉄腕アトム』の映像のなかで、何が最高に記憶に残っているかと言えば、丘の上からガマグチというかカエル的フォルムで金属の光沢をもったロボットが、ぬっと姿を現して光線を撃ってくるというオープニングの映像のワンショットだった。このヌメっとした質感の記憶が鮮烈過ぎて、毎週それを確認するために『アトム』を観ていたような気分さえあった。
 そう……このガマグチロボこそは、「ミドロが沼」のゲストメカなのだ。本編はたった1回で消えて終わりだが、オープニングの方は怖いもの見たさ含めた毎週のお楽しみだったから、インパクトも数十倍というわけである。
 ところが70年代後半から「懐かし特番」などで『鉄腕アトム』が取りあげられると、なぜかそのオープニング映像は、穴を掘ったアトムがスイスの山から光を吹き上げ、それをチロル姿の女性たちが見上げるバージョンなのである。いや、この画もカゲ入った容器とか色トレスののクチビルが艶めかしいので記憶には強く残っていたが(仕上げの丁寧さにこだわる余り『エイトマン』を好んだ小学生だった)、なぜだかガマグチ型ロボットはいつになっても登場しない。
 いったい自分は幻を観てたのか? その後、出るソフト出るソフト、全部そのバージョンのオープニングがついている。後にパソコン通信で年配の人に確認しても、オープングが変わったという証言はあっても、ガマグチロボの存在には確証が得られない。
 『アトム』のオープニングが複数あるという事実は、自分的には非常に重要なことなのだが、どうしたことか他の誰もがこだわっていないようで、このモヤモヤを抱えたままいずれ死ぬしかないのかな、とあきらめかけたところに、このDVDが救ってくれた。数次にわたって変更されたオープニングが可能な限りすべて再現されていたのである。
 どきどきもので確認し、プレイボタンを押して40年もの歳月を隔ててオープニング版「ミドロが沼ロボ」に再会したときの感動は、格別のものであった。この安心感は、ここ数年のアニメ視聴経験の中でも指折りのものだと思う。
 現時点で発見に至っていない本編フィルムに関しても、可能な限りの復刻が成されている。さすがに40年も前の200本近くある作品では散逸はやむを得ないが、過去の商品に比べて格段にこだわりと完成度が高く、現在できうる最高の復刻が達成されているのは喜ばしいことだ。

●伝説確認資料の宝庫
 最後に今回、改めて2BOXとしてまとまったことの価値に触れておこう。
 『アトム』に関しては、さすがにこの40年間でいろんな方がいろんな場所で語っておられる。だが、長寿番組ゆえ、全話が未ビデオ化であったり、LD時代にしても高価であったりで、なかなか現物に当たって容易に確認が取れなかった時期が長かった。DVDにしても当初は6つのBOXであった。今回、廉価な上下巻となったことで、それが可能となったのは、非常に意義が大きいのではないか。
 前半に関しては、後に『哀しみのベラドンナ』や『宇宙戦艦ヤマト』を手がける山本暎一氏が回想録を小説「虫プロ興亡記 安仁明太の青春」(新潮社、1989)として書かれていて、その照合も可能になった。また、『タッチ』『銀河鉄道の夜』などの杉井ギサブロー(当時:儀三郎)監督や『メトロポリス』『幻魔大戦』のりんたろう(当時:林重行)監督が演出の出発点でどんな作風をしていたのか、実に興味津々で確認可能になった。
 中盤以後では、たとえばSF作家の豊田有恒氏はエッセイでアトム時代のことをよく回顧しているが、脚本家として虫プロに所属していた期間、どれくらいの頻度で作品を上げていたか、どうSF的要素を入れこんでいったのか、そういうことも確認できるようになった。再見してみると、二段落ちや当初進んでいたプロットに複合するプロットが絡み、30分ものとは思えぬ密度を感じるものも、豊田脚本含めて少なくないが、当時の文芸作業の苛烈さがそういう点からも検証できる。出崎統監督の演出デビュー作、第112話「サムソンの髪の毛の巻」もまた豊田脚本だ。これも硬質なイメージのあるSFに「月による変身」という出崎統好みの叙情的要素が加わり、非常に興味深い内容である。
 『機動戦士ガンダム』の富野由悠季(当時:喜幸)監督の脚本・演出デビューとなるのは第96話「ロボット ヒューチャーの巻」。このサブタイトルや映像の断片は、テレビ番組「トップランナー」でも流れたものだが、これがどういう物語であったのか、他の演出家と違う特色はあったのか等、確認できる。実際、不可避な運命に翻弄される人間性あふれるロボットの悲劇という点では、「処女作に作家のすべてがある」とはよく言ったものだという感想を筆者は持った。富野氏がフィルム再編集で演出した第120話「タイム・ハンターの巻」と第138話「長い一日の巻」の経験は、後の『ガンダム』等の劇場版に際し、再編集技術の基礎になっているというが、具体的にはどういう相関があるのか、そうした突っこんだことについても、考察することも可能となった。
 さらに、放送期間が長かっただけに、これまで語られる頻度が少なかった、さまざまな驚きも満載である。たとえばSF作家の山野浩一氏が第114話「メトロ・モンスターの巻」で参加しているのはリストを見ればわかるが、それが彼の代表作「X電車で行こう」(後にりんたろう監督でアニメ化)の翻案であることまでは、あまり知られていないのではないか。電車の路線を切り換えて、怪物を追い込んでいくエピソードなのである。また、原作マンガ『鉄腕アトム』のもとになった『アトム大使』は、カッパコミックスにも収録されていたので「ちょっと違うアトム」として当時の小学生の間では常識だったが、人間が縮んでしまう怖さ・気持ち悪さが筆者はどうにも苦手だった。だからこれはアニメ化されていないのも当然などと思いこんでいたのだが、終盤間近の第183話「宇宙から来たニッポン人の巻」において、かなりマイルドにされてアニメ化されているという発見もあった。そして、この2本とも実は富野演出なのである。
 他にもあまりに多士済々であるため、気になるスタッフ全員に触れるわけにはいかないが、解説書と照合しながら1話ずつ確認するだけでも、数年間にわたってかなり楽しめそうだと言うに留めておく。
 ことに原作が払底した後半のテレビ用オリジナルエピソードは、たとえば特撮作品の多くがドラマ的な論評の俎上にあがっているのに比して、ほとんど評価されたことがないと思うのだが、今回のパッケージがそうしたところにもっとスポットライトが今後は当たるきっかけになってて欲しいと思った。他にもキャストについてはクレジットが現存してはいないのだが、後の重鎮の声ばかりなので、それを推察する楽しみだってあるわけで、楽しみ方は無限に見つけられそうだ。
 自分の首を絞める覚悟で言えば、今後アニメ研究を志す方は、まずはこのBOXできちんとテレビアニメの原典について、これまで語られてきた諸事の、自分なりの確認をした方が良いのではないだろうか。
 たとえば「手塚式リミテッドは動かないので手抜きに見えた」という伝聞も、実際の映像を確認すれば、きちんとフルアニメ的に2コマで動いているところと止めのカットバックであったりすることが確認できるはずだ。しかも演出家や作画の個性で、その案分は微妙に異なる。「枚数節約」説についても、実はこの時代の口パクは「ウ」の形があるので現在の3枚に比して4〜5枚であり、少なくともそこは枚数が多いので、どこもかもが手抜き的に枚数節約ではなかったりする。
 こうしたことを、文献を鵜呑みにせず、現物に当たって確かめる行為は、実に楽しいものだ。それは作品自体の内容の楽しみを損なわず、むしろ補強するものとなるはずだ。
 このように考えていくと、まとまって視聴・確認が可能となったことで、噛めば噛むほど味の出るビデオグラムに、『鉄腕アトム』は改めて仕上がったと言える。
 テレビアニメの黎明期の4年間を通して放映された作品だけに、その期間の技術や世情の変遷を凝縮して記録した形になっていること含め、この先の数年間は楽しめそうなソフトウェアである。

●商品情報
「鉄腕アトム Complete BOX2」
価格:19950円(税込)
仕様:モノクロ/18枚組(94〜193話収録)
発売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
好評発売中
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