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第4回
「『アトム』の子ら」(鉄腕アトム Complete BOX1)
霜月たかなか(ライター)   

 1963年に放映開始された「鉄腕アトム」はその大ヒットによって、日本のテレビアニメの有り様を決めてしまった。つまり作品内容から演出の文法、放映形式に至るまで、「アトム」は以後のすべてのテレビアニメの(大なり小なり)規範となり、「ガンダム」も「エヴァンゲリオン」も結局は「アトム」の子らというわけだ。これはトリビアにすぎないけれども、日本初のテレビアニメシリーズというなら「アトム」より前に、「インスタント・ヒストリー」(1961年)というオリジナル短編シリーズがすでに存在していた。それに対して「アトム」は30分番組で、まんがが原作というところが新しかったわけだが、とにかくその高視聴率とキャラクター商品の売れ行きが知れ渡るや、柳の下のドジョウを狙ってたちまち30分もののテレビアニメが乱造された。当然のごとく「鉄人28号」や「エイトマン」といった人気まんがが原作に起用され、一方では「狼少年ケン」(1963年)のようなオリジナルシリーズも作られたものの、当時は「テレビまんが」と呼ばれたことからも明らかなように、視聴者はテレビアニメを「動くまんが」として捉えていたのだ。
 このようなアニメーションとまんがとの近しい関係は、すでにアメリカのまんが家、ウィンザー・マッケイが自作の「リトル・ニモ」をアニメ化(1909年)したりして前例を作っていたが、「アトム」の場合は当たり前のことながら、日本のまんがの特質がテレビアニメにも色濃く反映されることになった。これもアメリカの、同名コミックを下敷きにしたアニメ版「スーパーマン」(1941年)と比べてみればわかるが、同じSFアクションであっても「アトム」に登場するキャラクターの心情描写は「スーパーマン」よりもはるかに比重が重く、しかもその葛藤によってドラマの行方までもが左右されてしまう。なにしろ第1話からして主人公のアトムは、生みの親の天馬博士に失望されて深く傷つき、あげくはサーカスに売られて傷心の日々を送ることになるのだから。子供向けと称してその程度には深刻なドラマを当時のまんがは描けるようになっていたし、それを原作としたことで、ひたすらアクションで見せるアメリカのテレビアニメとは異なる道を、日本のテレビアニメは歩むことになったのである。そして30分(本編は20分と少し)という放映時間は心情描写までも含めた、そういう奥行きのあるドラマを成立可能にしたともいえるだろう。それは5分や10分では語りきるこのできない、アニメドラマの誕生であった。
 もちろんドラマ性を強く打ち出した「白雪姫」(1937年)以降のディズニーのアニメーション映画などでも、すでにそういう描写は行われていた。けれども「アトム」では製作期間においても仕事量においても、テレビアニメの極めて限定された条件のなかでそれが行われたということなのだ。ボディ・ランゲージで気持ちを伝えるほどに絵を動かす余裕がないとなれば、絵以外の要素、例えばセリフの多用と声優の演技によって心情は語られ、苦し紛れに開発された口パクの技術がそれを可能にした。ディスカッション・ドラマの要素と後の声優ブームは、「アトム」の時にすでに種が撒れていたわけである。視聴者にしてみればそういう与えられた情報を元に絵を解釈し、ひいては止め絵で示されたキャラクターの表情からでさえその心情を読み取るようになる……。視聴者の大半であったはずの子供たちにとって、この作業はまんがを読むという行為においてすでに体得していればこそ、決して難しいものではなかったはずだ。そして内面に至るまで共有したキャラクターが、その分だけ子供たちにとって思い入れの深い存在になっていったというのも、また当然のことではないだろうか。いずれにせよ日本のテレビアニメは、このようにしてそれまでのテレビアニメとは交わせなかったコミュニケーションを視聴者との間に成立させたのであり、そうなったのはまさしく作品の出自を、まんがに求めたからにほかならない。しかもそのようにして表現された作品世界が、日本人にのみ感得できる特殊なものでなかったことは、世界中で日本のテレビアニメがもてはやされている現状を見れば明らかだろう。
 テレビアニメ最終回の「地球最大の冒険の巻」でアトムは、我が身を犠牲にして一人太陽に突っこんでいく。主人公の死をもって物語が完結するというのは当時の子供たちにとってショッキングではあったはずだが、だとしても「こういうのもアリ」という範疇を超えるものでも同時になかったはずだ。しかしアメリカの子供向けアニメだったら絶対にありえない展開でもあったはずで、物心ついてそのことに気付き始めた時から、自分の「テレビアニメとは何なのか?」という関心も芽生え始めたように思う。そうして紆余曲折のあげくアニメ(について書く)ライターの道に踏みこんでいったのだから、そういう意味では僕もまた、「アトム」の子らの一人には違いないのである。

●商品情報
「鉄腕アトム Complete BOX1」
価格:19950円(税込)
仕様:モノクロ/18枚組(1〜93話収録)
発売元:コロムビアミュージックエンタテインメント
好評発売中
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