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REVIEW
CD NAVIGATION[早川優]

第20回
「映画ブラック・ジャック ふたりの黒い医者 オリジナルサウンドトラック」
ベテラン・冨田勲がブラック・ジャックのイメージを見事に音楽化!!

 とにかく意外だった。今回の劇場版『ブラック・ジャック』の音楽は、TVシリーズ同様に松本晃彦が手がけるものと信じて疑わなかったからだ。ところが実際には、手塚治虫の原作アニメには虫プロの『ジャングル大帝』から関わる大ベテランの冨田勲が登板した。正直に申せば、筆者的にはこれで俄然作品への興味が高まった。松本による音楽は充分に映像版『ブラック・ジャック』に命を吹き込む力のこもった仕事であることは充分に認識しつつも、冨田がいかにブラック・ジャックを俎上に上げるかは、映画音楽ファンとしてこれ以上ない興味の対象だったのである。
 冨田勲は慶応大学在学中に朝日新聞主催の全日本合唱コンクールに入賞、作曲家の道を歩む決心を固め、学校教材用レコードやコマーシャルソングの作編曲を皮切りにプロの作曲家として活動を始めた。冨田はそのキャリアの初期から徹底的に音の響きに拘ったことで知られる作曲家である。独特のエコー処理を施されて完成品とされた彼の代表的な映像音楽作品は、「新日本紀行」「空中都市008」等の例を挙げるまでもなく、この世ならざる夢幻の響きで聴く者を虚構の世界へ誘ってくれた。音へのこだわりは、録音セッティングにも独特かつ微妙な手間を要し、時間が命の録音現場では疎まれもしたようだ。
 また、『ジャングル大帝』では、毎週放映されるTVアニメに対して、1話ずつオーダーメイドの音楽を作曲・録音するという無謀とも思える挑戦を行った。やがて、開発されて間もないシンセサイザーとの出会いにより、クラシックのシンセ化アルバムのシリーズに着手。ドビュッシーを題材にした「月の光」は彼にグラミー賞をもたらした。以降、70年代後半から80年代初頭にかけての冨田はシンセ・アーティストとして名を成していた。やがて、「風の又三郎 ガラスのマント」や、「学校」等に代表される山田洋次とのコラボレートを通じて、その関心は再び映像音楽の作曲へも向けられるようになる。その流れの中で冨田が再び取り組んだ題材が、新作の劇場用アニメとして蘇った『ジャングル大帝』だった。
 大半の楽曲の演奏をジャズ・コンボに委ねた今回の『ブラック・ジャック』の音楽は、想像を大きく超えたものだった。が、考えてみれば「マイティ ジャック」などの作品中で小粋なジャズ小品を提供しており、シンフォニックなスタイルばかりが冨田の持ち味ではなかったのだ。
 ブラック・ジャックのテーマの基本形は、ピアノ、ベース、ドラムスにメロディ楽器が絡むシンプルな形。メロディも耳に馴染む印象的なもので、マントを羽織った孤高の天才医師のイメージが即座に浮かんでくる。さらに驚くべきは、タイトルバックでも使用されたテーマのメイン・ヴァージョンでメロディを口笛に取らせたことである。今ではパロディを除いて滅多に使用されないアイディアだ。しかし、ブラック・ジャックのイメージを強いて楽器でイメージするならば、確かに口笛だ。これまで多くの作曲家がブラック・ジャックの音像化に挑んできた。が、ここまで、ブラック・ジャック自身のスタイル、姿から来るイメージを音にしたのは初めてではないだろうか。天才的な手術の腕や冷徹なオペのイメージはこれまでも音楽のヒントとなってきた。打ち込みを主体にした東海林修による初期OVAの音楽はその最右翼だろう。その後の『ブラック・ジャック』の音楽は川村栄二や前述の松本晃彦が手がけてきた。大半は打ち込みをベースにナマ楽器を重ねる手法で、作品のエモーショナルな部分を入口にしている。今回の冨田のスコアを敢えて旧作と比較するならば、宮崎尚志の「瞳の中の訪問者」だろうか。いずれにせよ、冨田の音楽設計には何のてらいもない。それがベテランというものか。
 今回の劇場版の重要なキャラクターに、ドクター・キリコの登場が挙げられる。その主題はビブラフォンとアコーディオンでクールに綴られていく。ブラック・ジャックのテーマの他のヴァリエーションのトランペットにしても、ふたりの黒い医者のためのモティーフ楽器が、いずれも人の息遣い=空気の流れを感じさせる楽器である点は要注目だ。なお、ライナーによれば、冨田は以前から漫画を読むことで『ブラック・ジャック』の世界観を自分の中にもっていたという。ただし、自分がその音楽をやることは思いもよらなかったようだ。
 一方、同時上映の『Dr.ピノコの森の冒険』は、徹底的な“ミッキー・マウシング”(画面上の動きに逐一音楽のきっかけを合わせるスタイル)を実践したスコアである。5分の上映時間いっぱいに、音楽が歌い、踊り、はね回る。かつて冨田が『ジャングル大帝』や『リボンの騎士』で作り上げたディズニー的アニメ音楽の現代的再現がここにある。これは至福の映像と音楽の交響的体験だ。音楽だけを取り出してもこの感動は揺るがない。実は筆者もCDを先に聴いたのだが、かつて『ジャングル大帝』を初めてTVで観た時に味わった鳥肌が立つような音楽的スリルを覚えたのだ。CDは映画興行同様に『ピノコ』ブロックから始まるが、最初の10秒を聴いただけで、この作品(アルバム)が大傑作であることをほとんどの方が確信することだろう。
 これは真にマスト・アイテムとなる傑作アルバムだ。映画を観ていなくとも絶対に買いの1枚である。
(執筆/早川 優)

■DATA
「映画ブラック・ジャック ふたりの黒い医者 オリジナルサウンドトラック」
全15トラック 収録時間:44分15秒
エイベックス AVCA22474
2005年12月21日発売 定価3059円 (税込)
[Amazon]

■執筆者から一言
 アニメのサントラでなくて恐縮なのだが、先年末、東宝の戦記映画のサントラ音楽集「男たちの戦記」を企画させていただいた。團伊玖磨の「太平洋奇跡の作戦 キスカ」、佐藤勝の「日本海大海戦」をはじめ、全15作品から100曲余りのスコアを収録。東映の「男たちの大和」の公開に(露骨に)便乗させていただいたのだが、特撮映画、映画音楽を愛するファンの方々から概ね好評をもって迎えられているようで、大変ありがたく感じている。基本的に東宝ミュージックの通販のみで販売中なので、興味のある方は是非。
 

●第21回へ続く

(06.01.23)

 
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