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REVIEW

CD NAVIGATION[早川優]

第34回
「時をかける少女 Original SoundTrack」
青春の儚さと輝きを響かせる愛すべき1枚


 今夏公開の劇場作品のダークホースとして、細田守監督の『時をかける少女』は作品に触れた観客から高い支持を集めた。時間にまつわる物語にはある種の感傷がつきものだが、本作も受け手の心を揺さぶらずにおかないエモーショナルな魅力に満ちている。
 その情感を喚起させる趣向の一翼を担ったのが、吉田潔による音楽であった。ヒロインが高校2年の夏に体験した不思議かつ甘酸っぱい物語が等身大の視点から語られるのに合わせ、吉田の音楽も極めてパーソナルな響きを主眼に置いて作られている。
 楽曲の中枢を担うのはピアノと弦楽器群。これに作曲の吉田が演奏とプログラミングを担当したシンセが加わるミニマムな編成である。本作の音楽のスタイルはオープニングを飾る「夏空」から明らかだ。まずは、ピアノが作品のメイン・テーマとなる旋律を切々と歌い、続いてシンセの瞑想的な音色へと受け継がれ、やがて豊かなストリングスが大きく歌い上げていく。
 映画の冒頭と掉尾を飾る「夏空」が叙情テーマなら、ヒロイン・紺野真琴が天真爛漫に「時をかける」姿を描写するのが「スケッチ」。こちらは弦楽器群のピッチカートがメイン・テーマに準じた音律を短く執拗にオスティナート(繰り返し)していく。ピッチカートのうきうきした響きに軽快なシンセのバッキングが相まって、細田監督ならではの反復を多用したコミカルなタイムリープ・シーンが鮮やかに彩られていく。つま弾きというフィジカルな奏法がもたらす高揚感は確実に画面にも反映されている一方、リズムを取るトライアングル等、高音に振ったアレンジが真琴を演じた仲里依紗の少しハスキーな声質と絶妙なバランスを保っていることも印象的だった。
 この情緒と活動を体現したふたつのモティーフの対比により、少女時代・初恋・学校・夏……等、本作中に満載された儚さのイメージが物語を超えて観る者の胸に迫ってくる。
 この他に、時間が止まった世界をピアノのソロだけで表現した「静寂」、タイムリープ時の不可思議な空間を躍動するストリングスの響きで満たした「タイムリープ」等の情景・情感表現曲も印象に残る。
 また、吉田のオリジナル曲以外に、既成曲としてバッハの「ゴールドベルグ変奏曲」が使用されている。監督自身がお気に入りという同曲は、最初、学校内の現実音として現れるが、人気のない放課後の学校の佇まいにピアノの音色は実によく似合う。バッハの理路整然とした音の連続は、ある意味で「時」の流れを聴く者の胸中に強く意識させる働きがあるようで、カート・ヴォネガット原作の時間旅行者を描いた映画「スローターハウス5」(SLAUGHTERHOUSE-FIVE、1972、ジョージ・ロイ・ヒル監督)においても、伝説のピアニスト、グレン・グールドの演奏で「ゴールドベルグ変奏曲」(第18変奏等を使用)他が効果を上げていたことを思い出す。
 ちなみに、本作のピアノを弾くのは、自らも作曲家として『魔法使いサリー[新]』『宇宙船サジタリウス』等を手がけ、セッション・ピアニストとして多くの映像音楽の録音に参加する名手・美野春樹。その情感溢れる演奏は、本作の興趣を何倍にも高めていると思う。
 すでに過ぎ去ってしまった2006年の夏、「青春は時をかける」ことを久々に思い起こさせてくれた映画とアルバムであった。
(文中敬称略。執筆/早川優)

■DATA
「時をかける少女 Original SoundTrack」
全15トラック 収録時間:45分39秒
ポニーキャニオン
PCCR 00434
2006年7月12日発売 定価2500円(税込)
[Amazon]

■執筆者から一言
 その美野春樹さんのトリオが、11月7日に六本木・スイートベイジルのステージに出演。今回の蛇足はその模様を……と想定していたにも拘らず、小用で鑑賞叶わず。大いに悔やむも後の祭り。
 

●第35回へ続く

(06.11.09)

 
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編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
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