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第22回
「noein original soundtrack 1/七瀬光
ノエイン もうひとりの君へ オリジナルサウンドトラック」
ケレン味あふれる大オーケストラ曲と、繊細なメロディをもつ掌曲が同居する
〜七瀬光による、オーケストラと量子力学的異世界感の壮大なる融合〜
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いいレコード(CD)は最初の1分を聴いただけで、それと分かるものだ。だからこそ筆者もCDを構成する場合、1曲目に置く楽曲には注意を払う。アルバムの中に目当てとする1曲がある場合は別にして、リスナーはおおむね頭から盤を再生し、冒頭に現れる音で全体の雰囲気を察知するものだからだ。
『ノエイン』のサントラ盤は、ディスクをプレーヤーのトレイに置き、1曲目の再生が始まった瞬間に、これが傑作であることを強烈に伝えてくれた。
1曲目は「シャングリラ」。ティンパニーのアタックに導かれ、豊かな管弦楽の響きと混声合唱の圧倒的な音圧が聴く者の心をたちどころに捉えてしまう。合唱が綴っていく運命的な旋律は、歯切れのよい低音ピアノの律動感に支えられて、曼荼羅的な音世界を繰り広げていく。続いて2曲目も合唱を従えた管弦楽編成曲「かくて、闘う」。こちらもエッジの効いたピアノがリズムの中核で確固たる存在感を示す。このエッジの立ち方は作曲者本人の演奏によるサンプリング音源だろうか? そこに、サントラ録音の名手・篠崎正嗣率いるストリングス・グループの流麗な演奏と、男性ならではの力強いグリッサンドを差し込む朝川朋之のハープらが加わって、目くるめく陶酔の境地に誘ってくれるナンバーに仕上がっている。
冒頭2曲は、いずれも劇中のクライマックスでカラスが戦う場面に選曲されている音楽であり、いわばアルバムの最大のキモとなるものだ。これを惜しげもなく冒頭から投入するという潔い作り方に、筆者はある意味、震えた。
本盤にはTVサントラによくあるような、主題歌のTVサイズを最初と終わりに配するという定番的な構成は採っていない。完全に七瀬光によるオリジナル・スコアだけを「聴かせる」作りなのだ。この選択は大正解。DVDソフトやネット配信などで、作品自体を見直すことが容易になった現在、サントラが画と台詞を伴わないドラマ編に止まっていることに意味はあまり見出せない。『ノエイン』のサントラは、一番のクライマックスとなる楽曲をトップに持ってくることで、ある意味、作品自体と拮抗するくらいのビジョンを示すことに成功しているのだ。
さて、アルバムには、オケもののアニメ・サントラでは「交響組曲キャプテンハーロック」や「交響詩 銀河鉄道999」で知られる熊谷弘の指揮の腕前が存分に発揮された上記の大編成楽曲の他、小編成による、ハルカやユウのキャラクター・テーマ曲、函館の街で生活する少年少女らの情景描写曲が豊富に収められている。
『ノエイン』の作品イメージの構築に重要な役割を果たしているのが、第16話「クリカエシ」の回想シーンなどに流れた、ピアノをバックにチェロと女性スキャットが切々と哀切の調べを歌う「ハルカのテーマ」。そして、サティのピアノ曲のようにさりげなく、しかも胸を締めつけられるほどに儚いメロディ・ラインをソロ・ピアノが綴る「ユウのテーマ」。これら2曲は、本名の伊藤真澄の名義で『あずまんが大王 THE ANIMATION』や『灰羽連盟』で優れた歌曲を多数作曲・歌唱している七瀬ならではの歌心が存分に発揮された秀曲といえよう。
小樽の日常描写のテーマが、チェンバロの響きを取り入れた中世の宮廷曲風の味つけになっているのも面白く、メインとなるバリエーションは「友達と共に」と題されている。これを木管とチェンバロとの室内楽風アンサンブルとして変奏した楽曲群が、ハルカにとってかけがえのない日常を観る者の心に刻みつける効果を挙げている。
この他、大編成ものの定番曲として、分厚いオケの中に塗されたシンセのオルガン音が神々しさを醸し出す「カラスのテーマ」、硬質なピアノにリードされたオケの各パートが競い合うようにパッセージを刻んでいく「竜騎兵達の戦い」もあり、甲乙をつけがたい素晴らしさだ。
『ノエイン』のサントラは、作品を見終わった後ですぐに聴きたくなる吸引力と、一方で映像を離れても音楽として独り立ちする完成度とを併せ持った傑作アルバムである。
(執筆/早川 優)
■DATA
「noein original soundtrack 1/七瀬光
ノエイン もうひとりの君へ オリジナルサウンドトラック」
全23トラック 収録時間:44分52秒
発売元 株式会社ランティス
販売元 キングレコード株式会社
LACA-5460
2006年1月12日発売 定価3000円(税込)
[Amazon]
■執筆者から一言
去る2月8日、日本を代表する作曲家・伊福部昭さんが91歳で亡くなられた。当日の報道もそうだったが、アニメ・特撮ファンの間では「ゴジラ」の音楽を担当された方、という認識が一般的であろう。
お歳を考えれば予想できなかったことではないが、突然の訃報に心の整理がつけられずにいる。1996年の武満徹さん、1999年の佐藤勝さんに続き、ついに伊福部昭さんまでが天に召された。自分が映像音楽の魅力に取り憑かれる過程で、常に驚きと感動を与えてくれた大きな人たちが去り、ひとつの時代が終焉したという思いが拭えない。 |
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