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第35回 「NHK少年ドラマシリーズ タイム・トラベラー」 時を超えて蘇った「幻の」サウンド
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前回は筒井康隆のジュブナイルSF「時をかける少女」の最新の映像化作品の音楽について紹介したが、今回は、その最初の映像化としてのTVドラマのアルバムを取り上げたい。
ご存知のとおり、「時をかける少女」の最初の映像化作品は、後に「少年ドラマシリーズ」と呼称されることになるNHKの少年少女向けの連続ドラマ・シリーズの第1作としてであった。時に1972年。音楽を担当したのは、何と言っても虫プロの『鉄腕アトム』が最大の知名度を誇る高井達雄である。
「タイム・トラベラー」は、VTR制作という事と、ソフト化による2次使用の観点がなかった時代の作品ゆえ、現在では映像としては最終話しか鑑賞することの叶わない、所謂「幻の」映像作品のひとつとして名高い。完成作品すら残されていないドラマのサントラがリリースされること自体は必ずしも皆無ではない。音楽素材には流用という使い道があったからで、これまでにも、第1話のみ残して後はネガの廃棄された山下毅雄作曲の「一匹狼(ローン・ウルフ)」などの発売例がある。それにしても、映像が現存しないという情報の広く知られている「タイム・トラベラー」がサントラ・リリースされるインパクトは大きい。
筆者自身も、かつて「タイム・トラベラー」のテーマ曲がオープン・リール・テープで残っていることを確認したことはあるが、これだけの量の音楽が現存しているとは驚きだった。今回のアルバムの素材に使われた原盤は、作曲家の高井自身の手元に残されていたコピーとのことだ。確かにコピー音源の上、経年劣化もあって音質的な面では苦しい。収録に当たって音にクリーニングを施したとのことで、テープのヒス・ノイズを押さえるためか、高音域はかなりカットされてはいるものの、唯一無二の音として許容したい。
アルバムには「タイム・トラベラー」と「続・タイム・トラベラー」の2作から、それぞれのテーマ曲のヴァリエーションと、前者は第1回「ラベンダーの謎」と第5回「タイム・ルールの謎」、後者は第5回「さまよえるインド人の秘密」の劇中音楽を収録。少年ドラマシリーズに限らず、NHKでは連続ドラマの場合でも1話ごとに音楽を録音するのが常だった。これは聴取料を取って作品を制作している以上、音楽を流用で済ますのは色々な意味で道義に反するということがひとつの理由だったらしい。
まずは、一度耳にしたら忘れられない強烈な印象を残す「タイム・トラベラー」のテーマに感動。歯の間に挟んだ弦を弾いて音を出す顎琴(ジョーズ・ハープ、『ど根性ガエル』のイントロやマカロニ・ウエスタンの諸曲でお馴染み)がリズムを取る不気味なイントロに続き、チェンバロがどこか異国的なムードを感じさせる華麗なメロディを奏していく。
一転して「続・タイム・トラベラー」のテーマは、ヴァィブに導かれたスキャットとストリングスが美しく織り上げるドリーミーな仕上がり。
2作品のテーマに共通するのは、60年代のヨーロッパ映画の音楽を感じさせるテイストだ。ライナー掲載の高井達雄のインタビューによると、こうした音作りの特色は、当時の高井が日本で発売される映画音楽のレコードの作曲をALTOLO POZO名義でこなしていたことにも関係しているとの事。「マッドマックス」のエンディングを飾った串田アキラの主題歌など、日本での上映時に洋画のテーマ曲を日本側で差し替えることはよくある。リチャード・チェンバレン主演の医療もの「ドクター・キルディア」の日本放映時にも、高井が作曲したテーマ音楽が使われたという(オリジナルはジェリー・ゴールドスミス)。思えばかの『鉄腕アトム』のテーマも手塚治虫の注文があったにせよ、極めてアメリカ的な明るさに満ちたものだった。
劇中の背景音楽に目を移すと、「タイム・トラベラー」はよい意味で劇中の台詞や芝居の間を埋める「劇伴」に徹した作り。木管、少人数の弦楽器、ビブラフォン等によるミニマムな編成のオーケストラがミステリアスな音空間を作り出す。ドラマの音響を歌に喩えるなら、ヴォーカル抜きのカラオケをじっくり聴くような趣と言え、映画音響の成立の秘密に近づくような面白さがある。
一方の「続・タイム・トラベラー」の方は、ラウンジ的な雰囲気のボサノバ曲やピアノを主体にしたボレロなど、選曲方式の劇音楽を思わせる楽曲優先度の高い仕上がりである。
今回のアルバムには、トランペッター、ニニ・ロッソがレコード用に再録音した両シリーズのテーマ曲もボーナス・トラックとして収録。ニニ・ロッソはやはり60〜70年代の軽音楽ファンには懐かしさとともに思い出されるビッグ・ネームで、日本テレビ「水曜ロードショー」のテーマ曲「水曜日の夜」は、洋画劇場育ちの映画ファンにとっての忘れじの1曲であろう。ニニ・ロッソのお嬢さんが「タイム・トラベラー」のファンだったことで、テーマのレコード用録音が実現したそうだが、当時は発売されずにお蔵入りされたという。ニニ・ロッソのカバー演奏は、ミュート・トランペットがメロディを奏するストレンジな味わいの逸品。これも発売が予定されていたビクターには音源がなく、高井所有のテープよりモノラルで収録。音源発掘の苦労が偲ばれ、このニニ・ロッソの2曲を聴くためだけでも、CDを購入する価値は充分にある。
時を越えて蘇った「タイム・トラベラー」サウンド。当時、番組を観ていた者であれば、イントロを耳にしただけでラベンダーの香りよろしく、70年代の自分にタイム・リープできるはずだ。
(文中敬称略。執筆/早川優)
■DATA
「NHK少年ドラマシリーズ タイム・トラベラー」
全31トラック 収録時間:34分39秒
ビクターエンタテインメント
VICL-62031
2006年9月12日発売 定価2500円(税込)
[Amazon]
■執筆者から一言
今年は、映画人・文化人の訃報が続いた年だった。年の瀬になって、実相寺昭雄監督と作曲の宮内國郎さんの訃報が連日飛び込んできた時は、正直、精神的に参った。
今回紹介した「タイム・トラベラー」のアルバムの企画を実現したのは、濱田高志氏。フランスの映画音楽作曲家、ミッシェル・ルグラン研究の第一人者にして、幅広いジャンルのCDのコンピレーターとして活躍する。筆者も比較的近接する仕事に従事する一人として、濱田氏の仕事ぶりには啓発されることしきり。
また、旧作音源の発掘・商品化に関しては、音源の散逸や関係者のお年のこともあり、年々、時間との争いの度合いを増している。濱田氏のようにレコード各社に積極的に働きかけ、企画をものしていく存在は大変心強い。
そんな中、ミュージシャンでCDの企画者としても活動する貴日ワタリ氏の企画により、東映の特撮時代劇「妖術武芸帳」のリリースが来年1月に決定。筆者も曲順構成と拙文提供という形で参加させていただいた。かつて徳間書店のアニソン歌曲集に片方が掲載されファンの知るところとなった、幻の未発売の挿入歌2曲の発見には至らなかったが、主題歌「誠之助武芸帳」の初期バージョン「さすらいの影法師」、主題歌「誠之助武芸帳」のカッコよさこの上ない2種のインストと初公開のカラオケ(ステレオ!)、挿入歌「妖術数え唄」のカラオケとインスト、挿入歌「妖術武芸帳」の未公開マーチ・バージョン、そしてもちろん、冬木透氏による極上の背景音楽の数々と、収録時間78分強のサービス仕様。ご関心のある向きは、お手にとっていただければ幸いである。
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