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第39回
劇場映画『鉄人28号 白昼の残月』音楽集
〜甦れ! 鉄人! 危機迫る帝都を救え! あの『鉄人28号』の最新作の音楽がここに!〜
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先月末から待望の劇場公開がスタートした『鉄人28号 白昼の残月』。その音楽担当者にクレジットされるのは、2006年の2月にこの世を去った伊福部昭である。本稿をお読みの方には改めて紹介する必要もないと思うが、伊福部は一般には「ゴジラ」に代表される映画音楽で知られる、日本楽壇の重鎮だった作曲家だ。
本作の公開が正式に決定し、音楽として伊福部の名前がアナウンスされたのを目にした時は心底驚いた。伊福部が亡くなる前に『鉄人』の仕事に着手していた事実はなく、それが既成楽曲のライブラリー使用によるものであろうとは想像がついたが、一体、どのような楽曲を『鉄人』の世界に当てはめるのかに大いに興味をそそられたのだ。
さて、新たに銀幕に甦った今川泰宏監督版『鉄人』のために選ばれた伊福部の音楽は、すべて純粋な音楽作品として作曲されたもの(いわゆるクラシック音楽)だった。より映像作品にマッチすると思われる映画音楽が録音物として大量に遺されていることを考えると、それらをすべて退けた決定は意外に思える。しかし、映画音楽はそれぞれのオリジナルの映画において強い印象を残しており、それらを使うことは、すでにイメージの定まった音楽を今回の映画に持ち込む危険をはらんでいる。「ゴジラ」映画の怪獣のテーマや、空想科学映画の戦闘曲は確かに『鉄人』の世界にマッチするだろうが、せっかくの新作に借り物のイメージを付加することになる可能性が高い。そうであれば、これまで一切の映像に付随して用いられなかった純粋音楽を使う方法論は理にかなっている。言わば今回の『鉄人28号』劇場版における音楽は、スタンリー・キューブリック監督がリヒャルト・シュトラウス他で彩った「2001年宇宙の旅」に代表される、既成クラシック音楽によって映画音楽を構成する手法に連なるものだ。
今川監督自身と音響監督の本多保則によって選ばれた楽曲は、すべてキングレコードの「伊福部昭の芸術」シリーズから採られている。このシリーズは、ライブ録音が中心だった伊福部の現代曲を、作曲者の監修の下にスタジオで精密に録音して後世に残そうという好企画。広上淳一指揮・日本フィルハーモニー交響楽団による演奏は作者お墨つきのものとして、伊福部クラシック作品集としては定番と呼べる存在だ。また、これらの楽曲を『鉄人28号 白昼の残月』内で使用するについては、逝去前に伊福部に了承済みだったとのこと。選曲によるものとはいえ、本作は映画音楽の遺作としても差し支えあるまい。
さて、劇中に使用された楽曲は、いずれも伊福部昭の純粋音楽作品の代表作である。
印象に強く残る音楽を挙げていけば、まずは、矢島正明のナレーションだけで処理された冒頭の2人の正太郎の邂逅シーンに使用された「管弦楽のための『日本組曲』」から「七夕」。伊福部の処女作品であるピアノのための組曲を後に管弦楽曲として本人の手でアダプテーションされた同曲は、澄み切った七夕の星空をバックに笹の葉が揺れる様が浮かび上がってくるかのような、静謐な音楽。ショウタロウと正太郎の出会いに、牽牛と織姫のそれとが重ね合わされているかのような選曲である。
正太郎が父の残した廃墟弾の詳細について聞かされるくだりでは、伊福部の代表的な交響作品「交響譚詩」の第二譚詩(第2楽章)が流れる。これは伊福部が戦時中に亡くした兄に捧げた作品であり、作者が込めた鎮魂の祈りが楽想を超えて聴く者の胸に迫り、正太郎が抱く父、そして突然現れた“兄”への想いを裏打ちする働きを担う。
これら、静かな楽想中に日本的な肌触りを湛えた楽曲は、愛好者であれば伊福部昭の作品とすぐに分かる強烈な個性によって、観客を太平洋戦争の記憶もまだ新しい『白昼の残月』の物語世界へたちどころに連れ去ってしまう。
上に挙げたふたつの例は情景・心情描写のための音楽だが、冒険活劇映画である本作には、当然、戦闘などのフィジカルな側面を司る音楽も必要になってくる。本作中における音楽つき戦闘シーンの最初は、鉄人と敵ロボット・モンスターによる廃墟弾を巡る攻防戦で、そこに充当されたのが伊福部にとって管弦楽曲の処女作となった「日本狂詩曲」の第2楽章「祭」であった。日本の祭囃子をエネルギッシュに管弦楽化した本曲は、その日本風の土俗的な節回しに特徴があり、主旋律は1954年の「ゴジラ」で“呉爾羅”の怒りを鎮める大戸島の祈祷の曲として転用された経緯がある。モンスターの一種御神体的な容貌、さらにマトリョーシカの如く体内から本体と同型の仔モンスターを大量に出現させる原作からの設定も子宝・豊作信仰を思わせて、本曲に乗って荒ぶる巨神同士が夜の帝都で激突する様は、神事を思わせるものとなった。筆者は試写で本作を観せていただいた後、劇場へも足を運んだが、廃墟弾を掘り出した鉄人へ向けて暗い夜空を切り裂いてモンスターが飛来する同シーンは、本曲が流れると分かっていた再見時に、より血沸き肉踊る興趣を覚えた。
強く心を揺さぶられたといえば、ショウタロウと真実の母の対面シーン。ここに流れるのは伊福部が同名バレエのために書き、後に演奏会用の管弦楽曲に改められた「サロメ」から、ヘロデ王の前にサロメが姿を現すくだりの美しいアダージョが当てられた。この主題は「キングコングの逆襲」や「大魔神逆襲」など、伊福部昭の映画音楽でも頻繁に用いられているもの。前者の例でいえば、キングコングが金髪美女スーザンに心を奪われるシーンに流れており、伊福部昭の映画音楽ファンの間で本曲は、「対峙する二者の立場の強弱が表面と内側とで逆転している」状況に決まってつけられることで知られる。相対する二者の内、表面的に見て弱い立場の方が精神的に優位に立つという構造は、原典「サロメ」もしかり。ネタバレになるので詳細は避けるが、今回の『鉄人』でも傷を負い地に身体を横たえる母とショウタロウとの力関係が、本曲が流れる過程において逆転していく様が描かれており、選曲の符合に驚かされた。
曲が内包するテーマと使用シーンとの符合という意味では、クライマックスのショウタロウの活躍シーンに、伊福部が戦時中に軍からの委嘱で作曲した「兵士の序楽」が流れることにとどめをさすだろう。後に「大怪獣バラン」の自衛隊による戦闘描写曲や、「宇宙大戦争」の宇宙戦シーンにおける伊福部マーチ・メドレーのトリオ部分に使われた旋律は、一度は失った死に場を見出した男への餞の楽曲として、これ以上はない映像と音楽との協奏を味わわせてくれる。
かように本作では、伊福部音楽と映像との絶妙の掛け合いを幾多のシーンで堪能することができる。これらの音楽をまとめ上げる役割を果たしているのが、タイトル・クレジットとエンド・クレジットに流れる「進め!正太郎」と「鉄人28号」のお馴染みの旋律であり、クライマックスの一連の流れの中に全3楽章が散りばめられた伊福部昭の最高傑作との呼び声も高い管弦楽曲「シンフォニア・タプカーラ」である。北海道で暮らした幼少時の原風景をノスタルジックに音画化した本曲は、奇しくも「ゴジラ」と同じ1954年の作品であり、本作品では日本人が失いつつある魂への深い憧憬を込めて響くことになる。
このほか、時代を象徴する音楽として、やはり1954年の流行歌「お富さん」が、実音として、はたまた村雨兄弟ら登場人物が歌う楽曲として、「死んだ筈だよ」等の歌詞も物語に呼応するものとして象徴的に挿入されている。
サントラ・アルバムには、伊福部昭の現代曲、オリジナル主題歌、現実音楽としての挿入歌という本作の音楽の3つの柱から、重要な楽曲を収録時間の許す限り収めている。収録順は、まず伊福部昭の楽曲を、作曲年代順を基本に劇中での使用状況を加味した形で収め、2曲の主題歌(劇中同様に「進め!正太郎」が先になっている配慮が細かい)を置いて、最後に「お富さん」で締めくくるという、これ以上は考えられない構成。CDのブックレット内には、アニメ・特撮のサントラのレビューやライナーで活躍する腹巻猫による詳細な解説が掲載されている。『鉄人28号 白昼の残月』を観たファンにとっては作品を思い返し余韻を反芻するよすがとなることはもちろん、伊福部昭のクラシック音楽への格好の入門盤としても機能しよう。
(文中敬称略。執筆/早川優)
■DATA
「劇場映画『鉄人28号 白昼の残月』音楽集」
全16トラック 収録時間:72分48秒
キングレコード KICA 834
2007年2月28日発売 定価2800円(税込)
[Amazon]
■執筆者から一言
自主映画製作に燃えていた学生時代、『鉄人28号』を実写で映画化し、その音楽を伊福部昭氏に書いていただくというのが、筆者の密かな夢のひとつだった。そんな見果てぬ夢を現実のものとして見せてくれた今川監督ほか、本作のスタッフの方々に感謝する気持ちである。
ここでひとつ宣伝を。先日、伊福部氏の音楽祭の開催に合わせて、映画音楽作品の代表作を集めた2枚組CDを作らせていただいた。今回の『鉄人28号』を通じて伊福部昭の音楽に興味を覚えた方に、こちらも手に取っていただければこれ以上の光栄はない。
伊福部昭 映画音楽の世界
http://www.thm-store.jp/cnts/st09-01.html
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