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REVIEW

CD NAVIGATION[早川優]

第33回
「ゲド戦記 サウンドトラック」
アースシーを奏でる調べ


 2006年夏の劇場アニメーション興行も一段落したが、公開された諸作の中で最も注目された横綱級の作品は、やはり『ゲド戦記』だった。
 その音楽を担当したのは寺嶋民哉。OVAに続きTV版も手がけた『ガラスの仮面』、我が国で高い評価を受けるダニエル・キイスの同名小説を基にしたTVドラマ「アルジャーノンに花束を」、そして、大ヒットを記録した劇場映画「半落ち」等の作品がある。ただ、これまでスタジオジブリ作品の音楽イメージを形成してきた久石譲に比べれば、知る人ぞ知る作家といえるだろう。その寺嶋が生み出した『ゲド戦記』の音楽は、実に意欲的かつ効果的なものであり、その名前を一般にも広く知らしめた。
 さて、映像のサウンドトラックために作られる音楽の場合、通常の純粋音楽とは異なって、その立脚点がどのくらい映像寄りかという観点からの評価軸が存在する。たとえば、最右翼に映像の趣向に完璧に切っ掛けを合わせて作られた音楽を配するとすれば、逆の左翼には既成曲を後から映像に当てた音楽が位置するだろう。少々乱暴な表現を許していただけるなら、ある意味でグラフの左へ行くほど音楽の独立性が高まるわけだ。
 そんな中で『ゲド戦記』の音楽は、筆者が耳にしてきた近年の作品の中でも飛び抜けて、グラフの中心に限りなく位置する作品であるとの印象を受けた。
 音楽だけで作品として成立しつつ、しかも、随所に映像に極めて寄り添った仕掛けが施されているのである。至極当然のことだが、大抵の場合サントラ盤を聴く行為は、映画の鑑賞後にそれを追体験することを目的に行われる。『ゲド戦記』のサントラ・アルバムは、先に一個の音楽作品として楽しめて、映画を観た後で聴いて映像の記憶を喚起する力も充分に備えているという、なかなか稀有な1枚である。
 『ゲド戦記』のスコアを構成する主要モティーフはふたつ。まずは、作品自体のメインテーマでもあり、大賢人ハイタカ(ゲド)の主題としても機能する雄大かつノスタルジックな旋律。もう一方は、影に怯えるアレンの心の機微を奏でる、どこかユダヤ旋法的な感触のある物憂げな旋律である。これらを二大柱としつつ、ホート・タウンにつけられた街の賑わいの音楽や、クモの底知れぬ闇の恐怖を表現した音楽など、多彩な情景・人物表現曲がシーンごとにあてがわれている。アクション・シーンのための所謂“チェイス”系スコアも多く、実にバラエティ豊かな音楽体験を味わわせてくれる
 そうした中、前述のふたつのモティーフの素晴らしさは圧巻で、メインテーマに関しては、寺嶋自身「柱となるメロディを生み出すまでは苦労した」と語っているが、その苦慮を感じさせない力強さと個性に溢れる旋律である。本作の音楽の音響的な特質は、スペインのバグパイプ奏者、カルロス・ヌニェスの参加に因るところも大きく、その陰影に富んだ音色が前面に押し出された「旅路」の曲などは、本曲の音楽ハイライトのひとつとなっている。「旅路」で、道を征くハイタカとアレンの前にホート・タウンの全景が開けるショットに合わせて、メロディがオーケストラ全体に大きく広がっていくところなどは、映画を観ていて鳥肌が立つほどのカタルシスがあった。このテーマ音楽が湛える世界観の大きさは、2時間弱の映画だけでは語りきれない原作におけるアシタカ=ゲドの物語を、観る者の無意識下にそっと注ぎ込んでくれるかのようだ。
 忘れてはならないのが、ヒロイン・テルーを演じた手嶋葵が歌う挿入歌「テルーの唄」の存在である。萩原朔太郎の「こころ」に着想を得て宮崎吾郎監督自身が作詩、谷山浩子の作曲による同曲は、実に非凡な節回しによる印象的な楽曲となっている。この非凡なメロディに与えられた寺嶋のオーケストラ・アレンジがまた素晴らしいのだが、実は歌とオケとの共演は映画でも歌曲集の「ゲド戦記歌集」でも聴くことができず、予告編とシングルCDのみとなっているのは惜しい気がする。唯一、映画ではテルーが劇中で歌うシーンに先駆けて、アレンとテルーの場面でシングル版「テルーの唄」に準じたアレンジのインストが流れ、これは予告編などで本曲に馴染んでいる観客には、その後のテルーとアレンとの交感を予感させる効果となっているのは見逃せない。蛇足するなら、冒頭で海上を飛ぶ竜の姿を捉えた場面の音楽「異変〜竜」では、オーケストラとコーラスによる神々しい表現の中に、実にさり気なく「テルーの唄」の後奏部分に当たる音律がまぶされていて、物語の鍵となる仕掛けを匂わせているのも感心させられた。
 映像だけでは表現しきれない異世界“アースシー”の空気感を伝え、物語のバックボーンを内包した寺嶋民哉の『ゲド戦記』のスコア。映画を観る前と観た後で聴いて、どちらも得難い音楽体験をさせてくれるサントラとして、多くの方にお勧めしたい。
 なお、本CDはSUPER AUDIOCD対応のハイブリッド仕様。
(執筆/早川優。文中敬称略)

■DATA
「ゲド戦記 サウンドトラック」
全21トラック 収録時間:73分52秒
徳間ジャパンコミュニケーションズ
TKGA-503
2006年7月12日発売 定価2500円(税込)
[Amazon]

■執筆者から一言
 本文中で通常のサントラの聴き方について触れたが、サントラを中心に音楽を楽しむサントラ・ファンの聴き方は少し異なる。好きな作曲家が音楽を担当した作品のサントラを、通常のアーティストのアルバムのように楽しむ。それが映画そのものの鑑賞の前になるか後になるかはあまり問題ではなく、中には映画自体は観ないで終わる場合すらある。これは、もともとサントラを聴くという趣味が洋画中心で、必ずしも購入したサントラの映画が劇場にかかるとは限らなかった、かかったとしてもタイムラグがあったことも関係している。
 だが、一味違う楽しみは、サントラで音楽の予習をした後で映画を見て、さらにサントラで復習するというやり方だ。音楽を中心に映画を楽しもうとする場合、これはかなり面白い体験ができる。先に音楽を聴くことは映画の流れを想像してしまい、映画自体の楽しみをスポイルする危険性があるが、こと『ゲド戦記』に関しては、サントラによる予習と復習の効果のほどを久しぶりに実感させてくれた。
なお、『ゲド戦記』の関連音楽商品としては、11月29日にピアノをフィーチャーしたアレンジ盤「ゲド戦記ピアノアルバム」が徳間ジャパンより、11月8日には本文中で触れたアーティスト、カルロス・ヌニェスを核にした「メロディーズ・フロム『ゲド戦記』」がソニー・ミュージックエンタテインメントより、それぞれ発売される予定。『ゲド戦記』の季節はまだまだ続きそうだ。
 

●第34回へ続く

(06.10.20)

 
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編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
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