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REVIEW

CD NAVIGATION[早川優]

第21回
「劇場アニメーション 銀色の髪のアギト オリジナルサウンドトラック」
ワーグナーの楽劇のように――『アギト』を彩る岩崎琢のシンフォニック・スコアの輝き
〜行こう、僕たちの未来のために〜


 新春映画として公開されたGONZOの劇場用長編アニメ『銀色の髪のアギト』は大変な力作である。異世界を創造すべく力を振り絞った杉山慶一監督以下、CGスタッフの奮闘や美術スタッフの繊細な仕事ぶりは、大画面の劇場で観る相応しい出来栄えを示す。そして、音楽もまた、このユニークな作品の成立に欠かせない強い存在感を放っている。
 作曲は岩崎琢。高校時代に合唱作曲コンクールで1位を獲得、作曲家を志したという。東京芸術大学作曲科在学中に日本現代音楽協会作曲コンクール等への入賞歴をもち、卒業後に作曲家として活躍を始めている。そのキャリアの中にはアニメ作品の音楽も多く、『今、そこにいる僕 NOW AND THEN,HERE AND THERE』『Witch Hunter ROBIN』『焼きたて!! ジャぱん』などを手がけてきた。
 本作では基本的に管弦楽の書法が貫かれている。そこには杉山監督からの、ワーグナーの楽劇のようにストーリーと一体になって流れ、単体でも高い質を維持する音楽、との注文が大きく反映されていよう。いわゆるクラシカルな音楽性と劇伴としての機能を高いレベルで両立させるのは実は難しいことなのだが、岩崎の本作での仕事は堂々たる完成度を示している。映画音楽的な観点から見た場合、動機(モティーフ)の面で、もう少し下世話な処理も望みたくなるが、これを推し進めると安手に陥る危険もあり、本作としての匙加減としてはこれが最良のバランスではあったのだろう。
 音楽の根幹を成す旋律としてまず耳に残るのは、アギトとトゥーラの交感のテーマである。儚くも繊細な旋律とベールのような優しい肌触りのアレンジをもち、劇中に繰り返し流れる同曲は、『アギト』の愛のテーマという位置づけだ。過去と未来という異なった時代と環境に属する人間のつながりと理解を、響きによって観る者にすんなりと伝えてくれる佳曲である。
 一方で、「過去から来た男」シュナックと、彼の指揮下にあるラグナ軍を表現する硬質な肌触りのマーチもサントラの聴きどころとなっている。メタル・パーカッション等の特殊楽器やシンセの律動部をバックに、耳に残る短い動機がブラスによって執拗に繰り返される本曲が画面に与えている効果は大きい。
 アギトとカインの前にゾルイドが姿を表わす場面につけられた音楽もユニークな存在だ。こちらは各種パーカッションとエスニックな管楽器の呼応により、一種のワールド・ミュージック的な表現となっている。登場の機会が限られているのはちょっと惜しい。
 総じて音楽を分類すれば、森やアギトたちに関連した楽曲には主に木管系楽器を、過去にとらわれたラグナ軍周りには主に金管楽器を用いることで、音による世界観と差別化が図られているように感じられた。
 上記のようなテーマ・モティーフ系の音楽の他、ドラマの動きと密着した音楽も数多く作られている。映像と音楽の相乗効果という意味合いで最大の聴きどころとなるシーンが3ヶ所ある。まずは冒頭シーン。アギトとカインが水を汲みに出かけていく一連の行動を追うことで、観る者を異世界の中へ自然に誘う重要なくだりだ。筆者はここでディズニーの『美女と野獣』の冒頭の「ベル」のミュージカル・シーンを想起した。もちろん『アギト』の音楽に歌はついていないが、音楽を一方の主役に立て、その効果を最大限に利用しているという点で非常に音楽的な場面になっている。言ってみれば監督の「楽劇的」というコンセプトが序盤にしてすでに実現されているのである。音楽的にも芥川也寸志の初期シンフォニーやロシアの作曲家を思わせる風味が濃厚で、一聴しただけで気に入ってしまった。筆者的にはこの曲(アルバム・タイトル「アギトとカイン」)が聴け、このシーンが見られただけでも満足である。
 中盤の強化体となったアギトがトゥーラを奪還すべくラグナの列車を追跡する場面(「力の暴走」)。ハリウッド的“チェイス・ミュージック”だが、流行の打ち込みのリズムを重ねたりせず、純粋なオケの響きだけで成立させている点が折り目正しく心地よい。後から音楽を聴くだけで画面の展開が手に取るように浮かんでくる。音楽に手を抜かない日本の劇場アニメでも、ここまでできている作品は少ない。
 そして3つめは、クライマックスのアギトのイストーク駆け下り(「僕たちの未来のために」)。ここでは画面のきっかけに細かく音楽を合わせるというよりは、敢えて音楽を「流して」いく効果が狙われている。オーケストラが全合奏によってアギトとトゥーラの主題の変奏を大きく歌い上げ、これ以上のないカタルシスを味わわせてくれる。
 演奏はワルシャワ・フィルハーモニック・オーケストラ。『ジャイアント ロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』等の演奏でアニメ・ファンにもすっかりお馴染みのポーランドの名門オケだ。そして、やはり日本の映像音楽の欧州録音で場数を踏む名手マリオ・クレメンツの指揮によって、よりクラシカルな気品を漂わせることに成功。杉山監督が劇場売りパンフの冒頭文中に「冬の欧州を思わせる鉛色の空」云々という表現を用いているが、これは本作品の音楽自体に湛えられた雰囲気とも一致する。映画は1度しか観ていないので、映画のサウンドトラックとCD用のそれとの間でトラックダウンが異なるかどうかまでは現時点では判断がついていないが、少なくともCDでは映画音楽的な誇張した処理は行われておらず、管弦楽曲をホールで聴いているような自然な定位で仕上げられている。このあたりも作品の品格を高めることにつながっている。
 なお、本作は音楽の録音後に編集が変更された箇所があり、その場面の音楽は日本で行われた別セッションによって再度録音が行われたという。嬉しいことにCDには、編集の変更によって使用できなくなったワルシャワ録音分から3つの音楽(「ラグナ軍」「アギトとトゥーラ3」「僕たちの未来のために」の未使用テイク)が収録されている。これを本編使用分と聴き比べることで、音楽の構成上の変化やワルシャワと東京の録音の違いなど、色々なことが見えてくる。サントラ・ファンには嬉しい配慮だ。
 もうひとつ忘れてはならないのは、冒頭とエンド・クレジットに流れる主題歌の効果の高さだ。「調和 Oto 〜With Reflection〜」と「愛のメロディー(Soundtrack Ver.)」を作詩・作曲し、歌っているのはボーカリストのKOKIA。CM等のフィールドで活躍する実力を発揮し、2曲間でまるで別人が歌っているかのようなニュアンスの違いを出しているのはさすがである。月の植物が暴走、あっという間に全地球がカタストロフに襲われるオープニングに流れる「調和 Oto」における、圧倒的な声量とシャーマン的感触をも湛えた表現。一転して、物語の後日談を止め絵で見せるクレジット・バックに流れる「愛のメロディー」では、ウィスパー・ヴォイス調にしっとりと迫る。前者の大局的な表現に対して非常に個人的な質感となっているのだ。メロディも耳に強く残るもので、『アギト』という作品の音のイメージを高く特化する役割を果たしていた。
 映画が興行的に充分な成功を得ていないようなのは残念だが、未見の方にはこのサントラを手にとって、映画共々味わっていただきたいと強く願う。
(執筆/早川 優)

■DATA
「劇場アニメーション 銀色の髪のアギト オリジナルサウンドトラック」
全34トラック 収録時間:75分37秒
ビクター VICL 61837
2006年1月7日発売 定価3045円 (税込)
[Amazon]

■執筆者から一言
 コロムビアから2月に発売予定の『DRAGON BALL Z』の音楽集の新規構成を担当させていただいた。菊池俊輔さんの音楽あっての『DRAGON BALL』であることを改めて認識。それにしてもCD3枚のキャパシティをもってしても、TV用2回、劇場用13回分の音楽のすべては収まり切れなーい! 何とか補遺編も出せるといいのだが……。
 

●第22回へ続く

(06.02.01)

 
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編集・著作:スタジオ雄  協力: スタイル
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